ベルヌーイの定理 と揚力の間に関係はあるのだけれど、
その一般的な説明の仕方が間違っているためにどうもストンと落ちない…てなことを
こないだ書きましたけれど、そのとき助けを得たのが中公新書の「飛行機物語」でありました。


飛行機物語―羽ばたき機からジェット旅客機まで (中公新書)/鈴木 真二


飛行機の発達史を科学技術の進歩の状況を絡めて語ってくれる内容ということまでは

先に触れましたけれど、もちろん最近に近いところまでをカバーしているものの、

ここでは専らライト兄弟とその後のことに関して少々触れておこうかと思うところでありますよ。


そもウィルバーとオーヴィルのライト兄弟がノースカロライナ州キティホークの海岸で

初の動力飛行を行った1903年12月17日が航空史上の一大画期になったわけですね。


それから110年くらいしか経っていないのに、

今や何百人もの旅客を乗せて日本とヨーロッパの間をおよそ12時間で飛行できるような乗物に

発展した…とは、よく言われるところではないかと。


ではあるものの、その110年くらい前の頃には

「人間がそもそも鳥にように空を飛ぶことなど理論的に不可能」

と断じられていた時代もあったそうな。
それでも、人はさまざまな手段でもって大空に舞い上がる算段を講じてきたのでありますね。


ダ・ヴィンチがデッサンを残したりもしてますし、
実際に飛ぶための装置として気球、飛行船、グライダーなどが考案されてきましたけれど、
「理論的に不可能」とされてしまうとむしろニッチな分野に取組む夢想家というのが、
飛行機を夢見る人たちであったかもしれません。
実際、ライト兄弟にしても自転車屋であったわけですし。


ところで、そのライト兄弟の初飛行ですけれど、実はあんまり話題にならなかったのだそうです。
彼らの飛行に先立つ12月8日、ラングレーという学者先生が飛行機を飛ばす実験を行ったところ、

ものの見事に大失敗してしまい、ときのニューヨーク・タイムズはこの失敗に対して、
「飛行機の完成は100万年から1000万年先のこと」と記事に書いたのだとか。
こうなると、ひっそり実験したくなる気持ちも分かります。


実際にはそのたった9日後にライト兄弟が飛行機を飛ばすわけですが、
当時の飛行機というものに対する思いは、今のタイムマシン のようなものだったと考えると
近いかもしれないと思ったりするところなのですね。


これも今から思えばですけれど、ライト兄弟のフライヤー号という飛行機は
(どうやら飛ぶものという意味だけで、あんまり愛称とかいうことではないようですが)
バルサ材か何かで組んだ模型飛行機の大きなもの、
つまりは言葉が悪いとは思いつつも大層ちゃちなものに見えますですね。


いちばん最初のは飛行といっても12秒、36メートルてなことを言われると
「これって、飛んだことになるのかいね…」とも思ったり。

ただこれが確かな契機であったことは歴史が証明してますから、
今の感覚で語るのは誤りの元なのでしょう。


ところで、人類初の動力飛行機を飛ばしたライト兄弟ですけれど、
その後の航空機発展の中にはおよそ名前が出てこなくなるのも事実。


フライヤー号タイプの飛行機でもって飛行を繰り返す度に

滞空時間も飛行距離も伸びていったようですが、この結果を示すべく各地を巡業したそうな。


これは驚きを持って迎えられたわけですが、
その一方で「飛行機は作れるんだ!」ということを多くの人に確信させてしまった。
すると、そこには当然のように競争が出てくるわけで、加速度的な飛行機改良レースに
さしものライト兄弟も付いていけなくなったようなのですね。


ひとつの鍵はプロペラの駆動にあったそうな。
回転の速いすぎるエンジンの駆動力を、いささか加減してプロペラに伝えるにあたって
チェーンとギアをかませて調整する方法(何とも自転車っぽい!)をライト兄弟は取っていたようです。


しかし、だんだんとエンジンからダイレクトにプロペラを駆動させる方式が目だってきても、
ライト兄弟は自分たちが最初からとっている方式を離れなかったというのですね。
先駆者なりの自負でもって、結果自滅してしまったということになりましょうか。


結果的に、ジェット・エンジンの時代になるまで航空機の発展は
ひとえにヨーロッパに委ねられることになったようです。
そうしたヨーロッパが航空史の花形を競った時代、
「紅の豚」はそんな時代の物語なのでありましょうかね…。