しばらく前に中川船番所資料館を訪ねた折に、
江戸期の運送というのはその積載量の大きさからもっぱら
舟運だったと改めて知ったわけなのですね。
だからこそ江戸の町に直結している掘割の角に番所が置かれたというのも当然であろうかと。
これまたしばらく前の「ブラタモリ」をご覧になった方はご記憶かとも思いますが、
北から江戸湾に注ぐように流れる中川と隅田川、
この両者を江戸湾を迂回することなく結びつけた運河が
小名木川でありまして、中川番所はこの小名木川と中川との角に置かれていたという。
そして、小名木川を抜けた舟が隅田川越しに見る、江戸市中につながわる掘割が日本橋川。
当然、そこを進んで行けば、日本中に繋がる街道の基点である日本橋に出るわけですね。
日本橋は街道筋の要、つまり陸運でも重要なところでしたでしょうけれど、
こうして見ると舟運の方でもまた要所であったとすれば、
まさに江戸いちばんの交通の要衝、それが日本橋の真の姿であったかもですねえ。
と、昨2011年が石造の橋に架け替えられて100周年であったことから、
三井記念美術館の「橋ものがたり」展 なども見つつ、そんなことを考えていたわけですけれど、
ちと時機遅れ的ながら江戸東京博物館で「日本橋 描かれたランドマークの400年」展が
始まってましたので、見てきたのでありますよ。
企画としては時機遅れと書いてしまいましたけれど、
どうやら江戸東京博物館の開館20周年記念特別展の位置付けであるらしく、
そのこころは?と言えば、石造100年どころか、日本橋が初めて架橋されたのが1603年頃だそうでして、
江戸幕府の始まりから400年に渡って日本の移り変わりを日本橋は見てきたということになり、
江戸東京の歴史そのものであっては記念特別展となるのも頷けてしまうわけなのですね。
そもそも五街道の起点であるということも大したものですし、
一方冒頭に触れたように舟で江戸に入ってくるとした場合、隅田川から日本橋方向に進んでいくと、
右手には活況を呈する魚河岸が並んで江戸の繁栄が窺えると同時に、
正面方向にはやがて大きな江戸城が見えてき、さらにその背後に富士山が望めるという、
実にドラマティックな演出まで考慮されて架けられたと言うのですね。
それだけに、日本橋が描かれるに当たっては基本的な構図として、
北東側からの眺めを採用するケースが多かったと言います。
こうすると、一枚の絵の中に魚河岸のようすから、
日本橋そのものと江戸城、そしてその先には富士山と、
訴求効果抜群の要素を放り込むことができたわけです。
とはいいながら、誰もが同じように描く構図でよしとしては絵師の名が廃る!と思ったかどうか、
基本は基本として維持されつつも、独創的な構図を競うかの様相を呈したりもするわけですね。
どんな具合かといいますと、風景画と言えば広重に登場いただくといたしましょう。
広重と言ってまず浮かぶのが「東海道五拾三次」でありますけれど、
これだとどうしても永谷園の方を思い出してしまうような。
とまれ、日本橋の図としてはよぉく知られた一枚です。
されど、今回の展示で日本橋の北東側には魚河岸があってということを知ってみれば、
なるほど今まで気にもとめてませんでしたが、左側に魚売りの一団が。
ということは、これは橋の北側から描いているということになりますですね。
お次の一枚は、前にいささかの探究をしてどうやら構図の工夫が著しいことが分かった
「名所江戸百景 」(略して江戸百)からの一枚であります。
これはまたぐぐぐっと日本橋の欄干によった構図が特徴的。
むしろ橋のようすは分からないと言った方がいいですけれど、
それでもこの擬宝珠とやはり魚売りと分かるほんの部分、これだけあれば
日本橋と認識されるのが当時の常識なようで。
そして最後にいちばんオーソドックスと言っていいかもしれない、北東からの俯瞰図。
江戸城、富士山を望んで、しかも珍しい江戸の雪景色という、江戸百より「日本橋雪晴」の図。。
やりますなぁ、広重さん。
こうしてあれこれ構図を変えているとはいえ、何度も描かれる日本橋は
まさしくお江戸のランドマークであったことがよく分かります。
その後、明治となって橋の形も太鼓状から平たいものに、
そして木造から石造へと変わって道幅が格段に広くなり、
その上を鉄道馬車が、人力車が、自転車が、やがて路面電車も通るようになっていくのでして、
いろいろと特徴的な出来事を向かえるごとにその様子が描かれ、また写真に留めらてきたという。
それらの一つ一つも興味深いところながら、そうした変化の果てに辿り着いたところ。
これがやっぱりショッキングですよね。
1963年12月21日、江戸橋・呉服橋間の首都高速道路が通ったことで、
日本橋はすっかり日陰者になってしまいました。
昨年の石造100周年を期して日本橋の賑わい再生に向けた取組みがあるようですけれど、
覆い被さる首都高の重圧を跳ね飛ばすようなものが出てきますかどうか…でありますねえ。
ところで、日本橋の架かっている川の名前が日本橋川。
前にも「?」を呈しましたけれど、今回の展覧会でもこの点の「?」は解決できませんでした。




