映画というのも描きようだなと当たり前のことを改めて思いつつ、
そして「面白い映画だったな、後味もよろし」と反芻しながら、映画館を後にしたのですね。
ブルガリアの映画「さあ帰ろう、ペダルをこいで」のことであります。
共産党政権下のブルガリア
。
政府よりの、というよりは完全に何とか委員みたい立場として治安維持の名のもとに
誰彼なく見張っているような工場長のところで働いていたヴァスコ。
生きていくために行った経歴詐称(ここでもまた生きるための隠し事
…)を運悪く工場長に見つけられ、
職を失いたくなければ、義父のバイ・ダンの行動を逐一報告せよと命ぜられるのですね。
この義父というのが、今ではすっかり悠々自適のおじいさんで
酒場に集まる仲間たちと得意のバックギャモンで勝負するのを楽しみしている毎日といったふうながら、
かつては民主的な言動が多く当局には睨まれっぱなしという人物。
妻の実家に義父母と同居のヴァスコは到底義父を裏切ることもできず、
かといってここで仕事を失っては食べていく道が無いと、
やむなく祖国ブルガリアを離れることを決意します。
妻と子供のアレックスを連れてなんとかイタリア
の難民キャンプにたどりつき、
そしてその後何とかドイツ
行きを果たして新たな暮らしを始めることにしたわけです。
とまあ、こうしたバックグラウンドを書いていくと政治難民の重い話のようですし、
実際には重く受け止めるべき問題であったと思うわけですが、
ここは先に言った「描きよう」が生きているのですね。
全面的に漂うペーソスが最高です。
ヴァスコ夫婦と孫がドイツに去って老夫婦二人になり、何年か後のこと。
この二人のもとに突然の悲しい知らせが届くことになります。
家族三人で乗っていた車が事故にあり、ヴァスコ夫婦は死亡、
孫(といっても既に30代のようです)だけは助かったものの、
どうやら記憶を失ってしまったらしい…。
取る物も取りあえずドイツの病院に駆けつけたバイ・ダンに、
孫からは「あんたなんか知らない、帰れ」という言葉が投げ付けられる。
それでも自分が孫の記憶を甦らせてやると、孫に見せたのがタンデムの自転車でありました。
「とにかく乗れ!」と。「ブルガリアに帰るぞ!」と。
タイトルはここら辺の自転車行でのおじいちゃんと孫の、
だんだんと暖かさが増していく交流の部分からつけられたものでしょうけれど、
この元民主化運動闘士の老人はただものではありません。
だいたい30代の孫がいる年齢というのは、
どんな早く子供が生まれていったとしてもやっぱり70代、
普通は80代くらい行ってそうな気がしますけれど、
二人乗り自転車でアルプス 越えですよ!いやはや。
でも、こうした部分を考えても、全篇のタッチを考えても
寓話風だなと思えば良しと思えてしまうのですよ。
そして、ドイツからブルガリアに帰るのにアルプス越えかぁ?と思っていたところ、
辿り着いたのはおじいちゃんの家ではなく、別の場所。
ふむふむ、なるほど。そしてここで、アレックスは記憶を取りもどすのですよ。
その後、祖父母の家に帰ったアレックスは酒場の仲間に紹介され、
かつて祖父から教わったバックギャモンでもって、
その祖父と優勝決定戦を争うことになるという。
この最後の最後、これはですね、もう見てくださいとしか言いようがありませんね。
人生の中で何かときつくきつく結ばれて玉のようになってしまう心の綾が
ほどけていく、溶けていく瞬間です。
ぜひぜひ感じてみていただきたいものですねえ。
