この間聴いた無伴奏チェロ組曲 のCDジャケットが
ピーテル・クラースの静物画で飾られていたのに目を留めましたけれど、
まあこの機に一度静物画
を探究しておこうかと思ったわけです。
そもそも日本語で「静物」が何を指すとピンとくるものではありませんし、
「静物画」と言われて初めて、絵のジャンルなんだ…と思うのではなかろうかと。
英語の「still life」(静かな、静止して動くことのない生)の訳でしょうけれど、
静物画と聞いて即座に思い出すのは広い意味でのネーデルラント
である場合が多いでしょうから、
元はオランダ語の「stilleven(スティルレーフェン)」が英語にもドイツ語
にも渡ったそうです。
江戸期の日本ではオランダ語が外国との交渉用語
であったことからすれば、
直接オランダ語から入ってきたのかもしれませんですね。
ところで欧米各国の言葉には
ひとつの単語が他の国の同意の単語を類推しやすいものが多々ありますが、
一方でゲルマン語系とラテン語系でこうした類推の働かせようがないものもままあるという。
この「静物画」に相当するのも、オランダ語もドイツ語も英語も「静かな生」を意味しているの対して、
フランス語は「nature morte(ナチュール・モルト)」、イタリア語は「natura morta(ナチューラ・モルタ)」で
「死んだ自然」という具合。「生」と「死」とは正反対の受け止め方というのも面白いものですね。
ただ、意味合いとしては「静かな」も「死」もおよそ活気があるような様子とは遠いところにありますから、
静物画の題材として取り上げられるケースの多い花にしても、
例えばゴッホ
が描いた「ひまわり」のようなそれだけで百花繚乱ぽい勢いを見せるものは
「静物画」というには違和感のあるところではなかろうかと思いますですね。
要するに16~17世紀のネーデルラントで多くの静物画が描かれた頃、
そこには必ずといっていいほどヴァニタス(儚さ、虚しさ)のイメージが刻まれていたでしょうから。
いかにも華麗に目を惹く花瓶から溢れんばかりに盛り上がった花々の絵も、
かような華々しさはやがて移り行くもの…ふっ、虚しい…みたいな気持ちが込められていたわけですし、
それを分かりやすくするために移ろう時を示す砂時計が置かれていたり、
もっともっと直接的には骸骨が描きこまれたりしてますものね。
ちなみにこちらはヤン・ダヴィス・デ・ヘームの「十字架と頭蓋骨のある静物画」(1630年代)ですけれど、
これには砂時計でなくって、懐中時計でしょうか、手前のとこに見えますですね。
こうした、今で言うところの「静物画」はネーデルラント発祥みたいなふうではありますが、
そこに描かれる対象である日常にありふれた品々を描くというのは大昔からあったようで。
ですから「静物画」の源流のひとつとして古代エジプトの壁画に描かれた供物を挙げる例もありますね。
供物といえばもっぱら食べ物の類いですけれど、
古代ローマの頃にも来客をもてなす部屋などに食べ物の壁画が描かれたりしていて、
これが今に伝えられるのは例えばヴェスヴィオ山の噴火で埋もれたポンペイの発掘なんかによるようです。
埋もれてしまったことで反って保存がなされたという。
とまれ、その後のアカデミーに受け継がれる絵画ジャンルとしてのヒエラルキーでは
「静物画」は低いところに位置づけられますけれど、あまりに日常的なものを描くことは職人技であって
芸術性を見出すものではなかったのでありましょう。
それでも、日常のありふれたものであっても食べ物や草花などのリアルな描写が
描き手にとっては腕の見せ所という面のあって、連綿と書き継がれるのですね。
そうそう、先ほど「静物画」を意味する言葉をいくつか拾ったときに忘れてましたが、
スペイン語では他のどの国の言葉とも違って「ボデゴン」というのだそうです。
意味としては「厨房画」に相当するようですから、要するに「台所にあるもの」を描いたわけでして、
やはり古代からの来客饗応の名残でしょうか。
そうした「ボデゴン」という、いささか芸術性から離れた呼び方がされるにも関わらず、
描かれる世界にはやはりネーデルラントで見られるヴァニタスを感じさせる、
さらにはともするとシュルレアリスム
的な印象までも醸すものがスペインにもあるのでして、
フアン・サンチェス・コタンなどの作品はその最たるものかもしれません。
この「マルメロの実、キャベツ、メロン、胡瓜」(1602年)とタイトルも何の変哲もないながら、
そして静謐さは静物画につきものとはいいながら、ここには見た目以上の「何かある!」ことを
思わずにはいられませんですよね。
とまあ、つらつら静物画を探究したことで、ともすると絵の前を素通りしてしまうこともある作品群を
これまでとは違った目で見られるかな…と思うのでありました。
ちなみにこたびの探究の参考資料は、こちらの2冊でした。





