温帯低気圧がかくも発達するものかと吹き荒れる風雨の最中、
ついつい「元寇の神風
はかかるものであったかも…」てなことを思ったりしつつ、
とある葬儀に参列してまいったような次第であります。
前にも葬儀に出向いた折に自分の葬儀のことを思い巡らせたりしたこともありました
けれど、
そのときに書いたようなことをさらに具体的にして残しておいた方がいいだろうなあ…と
つらつら思いつつ帰ってきたのですね。
以前に考えたところは、ふいに自分が他界したとしておそらくは一族の関わりから
仏式のある宗派によって葬儀は執り行われるところとなろうと思うものの、
特段の信仰もないながらその祭式手順に則って自身が成仏することを祈念してもらというのは
どうもピンとこない。
そうであれば、いっそのこと「音楽葬」といいますか、
通夜式ではモーツァルト
のレクイエムを参列される方々(いれば、の話ですが)と聴きながら、
告別式ではフォーレ
のレクイエムを聴きながらお別れしたいものだと思ったりしたわけです。
こたびの思いは、いっそのこと一から十まで自分の葬儀は自分でプロデュースすべくきちんと
遺言を家族に伝えておかねばなぁ…ということなのですね。
前回想像を巡らせたところよりもさらに細かいところまでと考えてみれば、
会葬御礼は形見分けみたいにしようかなと。
例えば通夜式におこしいただいた方には、
故人が(と言っても自分のことですが)持っていたCDを並べておいて、
「どうぞ気に入った一枚をお持ちください」と。
オール・ジャンルと言うには相当以上クラシックに偏ってはいますけれど、
ジャズがあったり、多少のポップス系のものもありますし。
告別式の方は、やはり故人が生前足を運んだ展覧会の図録をこれまた並べて
「どうぞ気に入った一冊をお持ちください」てなふうに。
それによっていつまでも覚えておいてもらおうなんつうことを考えているわけではありませんが、
「何かくれるってから、持って帰ってきた」という一枚のCDやら一冊の図録がもしかしたら
その方にその後の思わぬ興味を掻き立てることになるかもしれませんし。
そうしたことがあったら、この上なくうれしいなと(かくいう本人は、もはや何もわかりませんが)。
後は墓のことですよね。
一般的なお墓をどうのこうの言うつもりはないものの、
墓を残すと後々の係累に世話をかけることになってしまうことになりますから、
やはり散骨してもらうのが一番かなと思ったりします。
けれどむやみやたらと散骨はできませんし、
「ここにこそ撒いてほしい。なぜならば…」という特定の場所も現状では思い浮かばない…。
とここまで来て散骨の話も前に書いてました
ね、思い出しました。
とまあ、具体的に一から十までとは言ったものの、今のところはこんな程度ですけれど、
きちんとしたシナリオを残しておく方向でさらに考えてまいるとしましょかね。
そして、ブログに書いたことが気付いてもらえるかどうかは分かりませんから、
最終的には早めに遺言で残しておかねばならぬなと思うのでありました。