先に難波田史男展
を見たときに「宇宙」を想うてなことを書きましたけれど、
そこでの思いつきは宇宙という人間から見て巨大なモノに対して視点を変えてみれば、
すなわち宇宙がそれこそひとつの細胞であって、
その閉じた世界の中に恒星も惑星もブラックホールもあり、
その片隅にごくごく小さな存在として人間やその他の動物も幽かに蠢いている…
てな目線てのもあるんではないかなと想像したわけですね。
宇宙といえば、当然大きなもの、巨大なものと考えますし、
先日、3月26日の夜、西の空に見られた金星、月、木星の縦並びの輝きのようなものを見るにつけ、
壮大さやドラマチックさを思わずにはいられないのでして、
とかく大きなものなるが故に「ほぉ~!」と受け止めることがあろうかと思います。
さりながら、そうした巨大なものとは全く反対に、それこそ先ほど視点を変えて
宇宙を微小なものしてみるのと同じように小さな小さな世界へと目を転じてみれば、
こちらはこちらで実にドラマチックなことが行われているわけですね。
例えば生物の体の中、細胞のひとつひとつ、さらには核の中、
遺伝情報を司るDNAなどにおいても…という分子生物学に関わる話を
易しく書かれた本で(「時間」の本
で難渋したのに性懲りもなく)読んだのでありました。
「生物と無生物のあいだ」という講談社現代新書の一冊であります。
先ほど触れたような視点の持ち方次第では、
人体というものも一つの閉じた世界と考えることができようかと。
もちろん、閉じたといっても呼吸はしてるし、飲食物を外から取り入れ、
汗やら涙やらあれやこれやを排出しますから、まあひとつの塊と思ってもらえばいいかと思いますが、
この塊と思っているものを細かく細かく見ていくとあれこれの器官からでてきており、
これも小さく小さくみれば細胞の集まりで成り立っており、細胞には核があって…となるわけですね。
著者である青山学院大学の福岡伸一教授の例えで「砂上の楼閣」というのが出てきました。
海辺の砂で城を作り上げ、何日か後に見てみるとまだ作ったときのままに城はあったとして、
作ったときに城と数日後に見た城は同じように見えて同じでないのだという。
砂で作った城という「ひと塊のもの」は実際には細かい砂粒を寄り集めて形づくられたものなわけですが、
作ったときの砂粒のひとつひとつは数日のうちに風で吹き飛ばされ、
代わりに別の砂粒が吹き寄せられているとすれば、
同じに見えるけれど同じでないということになるというわけです。
まあこれはいいとしても、この例えというのが何を例えているかといえば、
「人体」なのでありますよ。
人間の体の構成要素を微小な単位で見てみれば、
先ほどの城を形作っていた砂粒が入れ替わるよりももっともっと激しい新旧交代劇が行われているという。
この辺り、著者のユーモラスな表現を借りてみるとしましょう。
私たちはしばしば知人と久闊を叙するとき、「お変わりありませんね」などと挨拶を交わすが、半年、あるいは一年ほど会わずにいれば、分子のレベルでは我々はすっかり入れ替わっていて、お変わりありまくりなのである。かつてあなたの一部であった原子や分子はもうすでにあなたの内部には存在しない。
しかしこの激しい新旧交代があるにも関わらず、人の姿かたちが激しく変容するわけではない。
原子、分子に比して、人体が何故かくも大きいのかということを考えた学者さんが昔いたのだそうですが、
極小単位での新旧交代という変化がその外形(体内の機能も含めてですが)にまで
影響を及ぼさないために必要な大きさなればこそ、
見た目変わらないということになるんだそうですね。
なんだかちっちゃな世界の話もドラマティックであり、ダイナミックだなと思えてきます。
膵臓の細胞が消化酵素を細胞外へ、つまり消化管へ分泌する仕組みなども、
「こんなこと、体の中でやってんだ!!」と思えるほどえありますよ。
細胞の中で作られた酵素を細胞外へ放出するのにあたって、
細胞内が外界と触れ合わない方法が編み出されているわけです。
仕組みを説明するのに言葉だけでは細かにできませんけれど、
「内側の内側は外側」というトポロジーが出てきたところで、
「おお!きっとブラックホール」はこうなってんだな」とまたまた宇宙の方へ想像が広がったりもしました。
視点の置き方次第で「大きく」も「小さく」も考えられますけれど、
行われていることごとのダイナミックさは、単に大きい小さいでは比べようもありませんね。
ミクロ以下の世界は、巨大と思った宇宙での営みに匹敵するものがあるという。
昔、カール・セーガン博士が語りかける「COSMOS」という宇宙を説明する番組がありましたけれど、
確かその中でもDNAの二重らせんの模式図が出てきましたっけ。
そうそう、そこんところのBGMが
バッハ
の無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第3番のガヴォットだったなてなことも
ふいに思い出してしまいましたよ、ついでながら。
