カール・マリア・フォン・ウェーバーのオペラを映画化した「魔弾の射手」を見てきました。
序曲と「狩人の合唱」くらいは知っていたのですけれど、
ストーリーも何も知らずに聴くのも見るのも初めてで、「ほうほう、こういうお話だったんだぁね」と。
巧みな銃の使い手であるマックスが領主の前で行われる試射で成功すれば、
晴れて恋人アガーテとの結婚が許されるという状況ながら、どうにもスランプに陥ってしまったらしいマックス。
こうしたときにありがちな悪魔の囁きのようなことが起こるのですね。
狙ったところに必ず当たるという「魔弾」を一緒に作ろうではないかと持ちかける輩の唆しに、
魔弾を作るには悪魔ザミエルの助力が必要であることから一度は尻込みするマックスですけれど、
どうしても御前試射に失敗したくないマックスはついに魔弾作りに同意します。
さて、魔弾を手に入れたマックスが御前試射の場に現れ、
愛するアガーテもすでに花嫁衣装に身を包んで登場。
しかしながら、魔弾作りを唆した輩にはかつてアガーテに相手にされなかったという恨みがあり、
こちらの手にも魔弾が握られている。さあ、皆々の運命はどうなる?…みたいな話。
オペラの舞台でよく言われるのは、例えばプッチーニ
の「ラ・ボエーム
」で貧しく病いに倒れるお針子ミミを
大変たっぷりした体つきの歌い手が演じることにとても感情移入できない…てなことがありますけれど、
これはここでのマックスにも言えてしまうのではないかと(上のフライヤーの真ん中の人物)。
試射が上手くいくかと悩み、アガーテを失うかもしれないという不安に苛まれ…という、
まあ二枚目の役どころと思うわけですが、「う~ん…」という感じ。
もちろん、歌唱のほどをどうのこうの言ってるわけではないんですが。
仮にそこら辺を離れてみたとすれば、
隠者役ルネ・パーペ
(上のフライヤーの下の人)は出番が少ないのに存在感あったなとか、
そも映画であることから考えて、ドイツの森の様子が印象的で「何かありそう…」な雰囲気たっぷりだなとか、
あれこれ思うところはありますので、先ほどの一事をもって感想終了!とは考えてませんけれど。
ところで、映画版では時代背景をナポレオン戦争の頃、
つまり19世紀初頭に置き換えてあったわけですが、
だから「魔弾の射手」は銃の使い手なのかなと思っていたのですね、最初は。
元々のオペラでは1650年代の設定のようですので、
欧州を広く焦土と化した三十年戦争(1618-1648)の直後。
というわけで、この「射手」はてっきり弓の使い手だと思い込んでいたのですが、
よく考えてみれば日本に「種子島」(銃のことですね)が伝わったのが1543年ですから、
とうに銃はあったわけで、とんだ勘違いでありました。
同じ頃にパパ・ブリューゲル が「雪中の狩人 」(1565年)で
銃らしきものを背負っている狩人の姿を描いてますから、
銃が軍用だけでなく民生用としても広く使われていたのだろうと、改めて思ったわけです。
そしてWikipediaによれば、オペラの背景とされる1650年代には
火縄式から火打ち式への大きな変化が銃には起こっていたそうな。
ますますもって、弓矢の時代でななく銃の時代だったわけですね。
ただ自分の思い込みに固執するわけではありませんが、
どうもこのロマンティック・オペラには銃よりも弓矢(ボウガンかな)の方が似合うような気が。
14世紀頃の伝承に登場するウィリアム・テルやロビン・フッドの世界がしっくりくるかなぁと。
とまあ、こういう言い方はたっぷり固執してますですね…。

