モンゴル領に宣教師を送る際、教皇以下ローマ教会の上層部は、世界の東の果てにプレスター・ジョンという「キリスト教」支配者がいるという噂を信じていた。そしてプレスター・ジョンが現れて、イスラム教からキリスト教を守ろうとする人びとを助けてくれるのではないかと考えていた。

これは、先に読んだ「マルコ・ポーロは本当に中国へ行ったのか」 にあった一節ですけれど、
以前にも何かの本でプレスター・ジョンに関することを読んだことがありまして、

以来気にはなっていたのですね。


ということで、図書館の検索で引っかかった本をひとつ借りてきました。
NHK取材班編「大モンゴル」の第2巻「幻の王プレスター・ジョン」というものですので、
これだとどうしても「世界の東の果て」の話はもっぱらモンゴルということに限定されてしまいましょうけれど、
でもまあ、とりあえずということで。


幻の王プレスター・ジョン 世界征服への道 (大モンゴル)


そもそも「プレスター・ジョンが存在する」という話の震源地が

いったいどこなのかはどうやら不明のようす。
されど古い古い話でいえば、イエス降誕の折に東方の三博士が訪ねてきますけれど、
東方から来たということは東方に帰ったわけで、この人たちの末裔がプレスター・ジョンであるとか、
また十二使徒の一人である聖トマスが布教に赴いたインドにキリスト教を信奉する王がいるとか、
そういう話は元々あったようですね。


しかしながら、プレスター・ジョンの実在が俄かに信憑性を帯びてきたのは、
12世紀に書かれた修道士オットーの年代記に記録された東方からの知らせによるそうです。
曰く、東方の王プレスター・ジョンがペルシアのイスラム 勢力を打ち破って進軍してくる…てなお話。


ヨーロッパ世界ではこの時代、イスラム勢力の台頭に対抗して十字軍 を組織したりする頃でありまして、
プレスター・ジョンの軍勢が東側からイスラム勢力の背後を衝き、

西からの十字軍と挟み撃ちすれば怖いものなし!
とまあ、都合のいい援軍願望が古くからのお話に尾ひれをつけたんでありましょうか。


このときにプレスター・ジョンと目されたのはカラ・キタイ(西遼)軍だったようで、
十字軍と合流するなんつうことは無かったのですが、ヨーロッパ側からすると
「チグリス川が凍結しないので渡河できず、引き返した」とか来なかった理由まで考えるほどに
実は待望していたということなんでしょう。全くカラ・キタイ側の預かり知らぬことながら。


ただ、カラ・キタイはキリスト教国ではなかったものの、

確かに国の首脳陣の中にはキリスト教徒がいたようですね。


元々中国北方にあった遼が女真族に攻められて一端滅び、その後中央アジアに転じた国ですけれど、
世界史の授業で出てきた「大秦景教流行中国碑」に見るように中国では唐の時代に
キリスト教ネストリウス派が景教と言われて「流行」していたのですから、
ネストリウス派信徒のいても不思議ではないのかと。


されど、その頃のローマ教会(その後もでしょうけれど…)は自分中心でものを考えてますから、
「おお、東方にもやはりキリスト教国はあったか!ネストリウス派ってのが何だけど…」と、
自分の側にあった噂話は本当であったくらいに思ったかもですね。

くどいですが、東方世界の全く預かり知らぬことながら。


ですので「今回は帰っちゃったけど、次回は必ず来ておくれよぉ、プレスター・ジョン!!」てな
ヨーロッパ側の心中を察したか(んなこたぁないですが)、

やがて13世紀にまた東方からの大軍勢がやってくるのですね。


途中のイスラム勢力を蹴散らしながらの進軍に、当初溜飲を下げていたヨーロッパですけれど、
近づくにつれて蹴散らしてるのはイスラム勢力ばかりでなく、ロシアは散々の目にあっており、
「こりゃ、敵だ!」と東欧のラインで必死の防戦に努めるも、

なぜかふいっとまた帰っていったしまったのだとか。


言わでもがなですが、この軍勢はチンギス・ハンに始まるモンゴル軍の大遠征で、
1241年に第2代目のオゴディ・ハン死去の報に接して一端撤兵したものですが、
そうでなければ欧州全域、これモンゴル帝国になってその後の歴史も大きく変わっていたかもです。


ということで、ヨーロッパ世界でもようやっと「どうやらこの方面にはプレスター・ジョンはおらんな…」と
思ったのではなかろうかと思いきや、「どうやらこの方面にはいない」とは考えたらしいものの、
「プレスター・ジョンはいないんだ」と思ってないところがどうしたものか。


今度はちいとばかし目先を代えて、
アフリカのキリスト教国であったエチオピアにこそ「プレスター・ジョンはいるはず」と
考えたりもしたんだそうですよ。


それにしても、人は都合のいい方へいい方へと考えてしまうのだなぁと思う一方で、
ずいぶんとスケールの大きな噂話があったことよと思ったりするのでありました。