以前にも書いた記憶がありますけれど、まあいいですかね。

初めてウィーン を訪れたのは大学の卒業旅行でありまして、

思い返せばその頃にはまだ美術館に行って絵を見るを楽しみにしておらなかったのですが、

それでもウィーンに行ったからには「一応押さえておこうね」的に美術史博物館には出掛けたのですね。


重厚な建物の中にはたくさんの絵画が展示されていたわけですが、

およそ覚えているものもないながら、唯一漠たる印象なるもその訪問以来、

頭に刻み込まれたのがブリューゲルの名前でありました。


その後時を経て、すこぉしずつ絵を見ることに興味が出始めた頃、これまた何となくなんですが、

手に取ったのが中野孝次さんの「ブリューゲルへの旅」で、

ここでまた僅かながらインプット情報の更新がなされたものと思いますが、これも内容は覚えていない…。


ブリューゲルへの旅 (文春文庫)/中野 孝次


そうこうするうちに、いつの間にかあちこちの美術館を訪ねるのが大好物になってしまい、

取り分け2007年にベルギー、オランダへ行って以降は旅の中心に美術館があるような体に。


そして、2009年に三度目のウィーン行では

美術史博物館 でブリューゲルに再会することを大きな楽しみともして出掛けたという。


先日、映画「ブリューゲルの動く絵」 を見たことで、

このような個人的ブリューゲル探訪を振り返ってみたわけですが、

この際ですからもそっと知的な?ブリューゲル探訪に接してみようと思ったのですね。


映画のプログラムに解説を書かれていたブリューゲル研究家の森洋子さんによる、

その名も「ブリューゲル探訪」なる一冊です。


ブリューゲル探訪―民衆文化のエネルギー/森 洋子


著者の森さんは、

ブリューゲルの「ネーデルラントの諺」(1559年)に描き込まれた百近い諺のひとつひとつに対して、
当時の文献や史料にあたってブリューゲルが生きた時代に受け止められていた意味合いを

解き明かすことや「子供の遊戯」(1560年)で見て取れる91種類の遊びの図像を研究されたりと、
ご本人の苦労は措いておくのは何ですが、何とも面白そうな研究をされておられるようです。


ピーテル・ブリューゲル「子供の遊戯」


そしてこの「子供の遊戯」を通じて、

森さんが窺い知るブリューゲルの一面をこんなふうに紹介しているのですね。
ちと長いですが、本書から引かせてもらいます。

…今から四百年以上も前に描かれたブリューゲルの《子供の遊戯》をみると、何と多くの子供たちが遊びに没頭していることか。十六世紀中期、国際的に繁栄した商業都市アントウェルペンを思わせる広場で、約二百五十人の子供が九十一種類もの遊びに夢中になっている。ある学者たちは、この画面には笑っている子供がひとりとしていないから、「この絵は大人の世界の寓意」
と推定する。しかし、その解釈はあまりにも一面的だ。知人の幼稚園の園長さんもこう確信する。「遊びやゲームに熱中しているとき、子供は真剣そのものですから、笑ってはいられませんよ。そんなことをしたら負けてしまいますから。」まさにブリューゲルは二十世紀のすぐれた教育家モンテッソリや心理学者ピアジェ以前に、すでに、深く子供の心理を理解していた画家といえよう。

言われてみれば「なるほど!」と。子供は勝ち負けに拘りますものねえ。
「ニコニコしてるのが子供」なんつう子供理解は、ステレオタイプ以下のものやもしれませぬ。


ところで、ブリューゲルには

同名のピーテルという息子とヤンという息子がおり、いずれも画家になってます。


そして、「花のブリューゲル 」とも呼ばれるヤンの方は、

父親が得意とした風俗画とは違う世界を構築しておりますけれど、ピーテル・ジュニアはといえば、

パパ・ブリューゲルの拡大再生産にこれ努めた感がなきにしもあらず。


パパ・ブリューゲルの作品人気に肖って、

工房を構えたピーテル・ジュニアはパパの模作にも励んでいたわけですが、
このシニアとジュニアの同名作を比較してみるてなことも本書の中で取り上げられています。


ざっくり言ってしまうとジュニアに可愛そうですが、

ウィーンその他の美術館で見るジュニア側の絵は「やっぱりパパにはかなわんねえ」と

思えるところではありますね、素人目にも。


そして、ブリューゲル人気に肖ろうとしたのはジュニアばかりではないのでしょう、
ここで「イカロスの墜落」なる作品がクローズアップされます。


ピーテル・ブリューゲル(?)「イカロスの墜落」


個人的には相当にうっかりしていたと言うべきでしょうけれど、2006年に上野の国立西洋美術館で

ベルギー王立美術館 」展が開催されたときに「イカロスの墜落」を見たんですが、

「どうもぎこちないのぉ。雰囲気は分かるけど、ほんとにブリューゲル?」なんつうふうに思ってたわけです。


で、この「ほんとにブリューゲル?」と思ったことが、うっかりではなくしてですね、
そもそも展示段階で「ピーテル・ブリューゲル(?)」と表記されていたのだそうで。
うむぅ、覚えてないなぁ…。


ここでは詳らかに触れはしませんけれど、

この「イカロスの墜落」に「(?)」の表記がついてしまう過程が本書にあります。

こういう探究は下手なミステリよりよっぽど面白いというか何というか。


とまれ、個人的には絵を見る入口にあったブリューゲルですけれど、

あれこれの絵を経巡って「また、ここに戻ったか」の感。
まるで魚釣りにおける鮒のようなものといったらよいでしょうか。