先週の金曜だったか、「日本の話芸」というTV番組で
三遊亭金馬師匠の人情噺「紺屋高尾」を聞いたのですね。


誘われるままに出掛けた吉原でたまたま花魁の行列に出掛けた染物職人の久蔵。
その中でひと際華のある高尾花魁にぞっこん惚れ込んでしまったものの、
所詮は手間賃稼ぎの職人には手の届かない高嶺の花と思いつめていたところ、
思いが本物なら三年しっかり働いて、溜めた金が十両にもなれば
高尾花魁への口ききをしてやろうじゃあねえかと慰める者がいたのですね。


働きに働き、溜めに溜めた金をはたいて、やがてようやくに年来の念願がかなった久蔵はといえば、
高尾花魁を間近に見られただけでもう本望、うれしいやら恥ずかしいやらでその場から逃げ出したいくらい。


そんなところへ高尾花魁が久作に「次はいつ頃におこしでありんすえ?」みたいなことを聞くんですな。
いくら金を積んだとはいえ、吉原随一と名にし負う花魁だけに

久蔵はさる大店の若旦那てなふうな触れ込みですから、

近しいお付き合いとならば「また近いうちに」となろうものを、はっと我に返った久作は、

大店の若旦那も何も皆作り話と、思いつめた挙句の振る舞いであったことを白状し、
ひたすら詫びに詫びるのでありました。


ところが、このあまりにまっすぐな情にほだされた高尾花魁、
「この人ならば、よもやあちきを裏切るようなことはなさるまい」と
年季明けのあかつきには所帯をもってはくれまいかという話に。


すっかり舞い上がった久蔵は、ひたすらひたすら高尾花魁の年季明けを待ち焦がれますが…
と、話は続いていきますけれど、落語とはいえ人情噺、
ほろりとさせこそしても大笑いという話でありませんね。


とまあ、こういう「紺屋高尾」の芝居が高円寺で上演中ということでしたので、
どれどれと見に行ったみたような次第でありますよ。


「人情噺 こうやたかお」@座・高円寺


でもって始まってみると、どうやら舞台は靴屋のようでありまして、
「これでは、紺屋高尾になんないでないの」と思いつつも、元ネタを翻案したお話のようですね。


先の金馬師匠の話を聞きながらも思ったことですけれど、
「高嶺の花の有名花魁でも金を積めば買えるんだから」とか

「粋な話じゃねえか、頑張れ」みたいなところとか、
今の世の中では「そうそう、そのとおり」と言ってられないんでないの?と感じましたので、
翻案ということにいささか安心もし、はたまたどういう作りにしたのかに興味が生じるところなわけです。


果たして現代版(といっても、「三丁目の夕日」っぽい感じ。豆腐屋のラッパが裏から聞こえてきたり…)の
高尾花魁は、国民的人気を誇ったものの、いささか薹が立って人気のほどもかげり気味という、
かつてのアイドル光川ルビィ(賀来千香子)に化けておりました。


されどルビィさんひと筋を貫いて24年の靴職人・久作(酒井敏也)には

憧れの人以外の何者でもないのですね。


いまだにルビィさんのブロマイド探しに余念のない久作でしたが(この辺りもいささか時代が…)、
この奇特な人物の存在をブロマイド屋から耳にしたルビィの元マネージャー(ラッキィ池田)は
久作に「鴨がねぎを背負ってやってくる」姿を見てしまう。
「三百万もあれば、ルビーさんに逢わせてやれるんだがな…」と誘いをかけるのですな。


ルビィさんに逢いたい一心で仕事に励み金を溜めた久作は、

「紺屋高尾」の久蔵よろしく、ついに念願かなって本物のルビーさんとご対面を果たします。


が、「紺屋高尾」のようには話は進まないのでして、

久作への仕掛けには憧れのルビィさんまでが絡んでいたことが分かってしまい、

隠し子がいたことも分かってしまい、それでも純情つらぬく久作を待ちうけていたものは…。


いろいろ仕掛けものも施して、よくこうしたストーリーを仕立てたなと思うところでありますよ。

で、全く別の展開となりながら「人情噺」だなと思えるものになっているのは、
やはり設定がリアルタイム現代ではないところから来るのではと思ったりするのですね。


本当に「今」を持ち込んでしまったら、もっともっと殺伐とした話になってしまうかもなぁと。

昔から悪事はあれこれあったでしょうけれど、今に比べればもそっと「情」もあったように思われます。


悪事とは言わずとも、例えばご近所との関係でももっと気さくな人間関係があったような。

この辺は単なるノスタルジーに過ぎないかもと思わないでもありませんけれど、
まあ、こうした「人情噺」がいわゆる「人情噺 」として通じる世の中であるうちは
まだ捨てたもんじゃあないのかもしれませんですね。