一般的に音楽を、お気に入りの音楽を聴こうとした場合には、
曲と歌手、演奏者は一体のものとして受け止めているのではないかと。
それこそ誰それの何々という曲ということで。
テイクによって演奏にバリエーションのあるジャズでも、
基本的にその数々のテイクは同一演奏者の手になるからこその別テイクであって、
オリジナルは誰それと定番的に曲と一体化している点では似たふうかもしれません。
ところが、クラシック音楽の場合そもそもオリジナルというべきものがないわけでして、
残された楽譜を頼りにいろんな人がいろんな演奏を繰り広げるのですね。
もちろん楽譜からの逸脱はそうそうありませんから(といって皆無ではないですが)、
そうであれば「おんなじなんじゃないの?」と思われても致し方のないところ。
されどこれが違うんですよね。
よくまあ、これだけ違ったことができたものだ!というものまでありますから、
そうなるとへんてこ演奏を探すこと自体がひとつのお目当てになる場合もあるやもです。
とまあ、藪から棒の話でありますけれど、
読響の演奏会
でチャイコフスキー
のヴァイオリン協奏曲を聴いて、
そんなことを書いてみようかと思ったわけなのですね。
ソロを務めたのがバーナバス・ケレマンというハンガリー出身のヴァイオリニスト。
見たところ若いなと思いましたら、1978年生まれということですので33歳になるかならぬかというところですね。
例によって業界事情にちいともアンテナをはってませんので、
日本の辻井君
のようにあれこれマスコミに取り上げられて目にすることがあるのと比べ、
全くどんな奏者なのか知らずにいたのですが、すらりとした長身で
なかなかに舞台栄えする雰囲気というのが第一印象。
そして弾き始めて「お!」と思いまたのが、実になんとも言えぬ外連味を感じさせる演奏なのですなぁ。
度が過ぎるとチャイコフスキーのイメージをぶち壊しにする寸前(僅かに線を超えてるか)くらいのところで、
緩急やらここぞの溜めやらを自在に操っているふうなのですよ。
「こりゃ、ナージャ
の弟子か?」と思いかけたものの、彼女ほど科の作り方がエロくない。
さりとて、面白く聴かせる術をすでにたんと身に着けておいでなのはないかと。
個人的にはクラシック音楽を聴くとは言ってもかなりオーケストラ演奏に偏ってるものですから、
そうそう特定楽器のソロ・リサイタルに足を運んだりすることもないのですが、
ケレマンの演奏は一度ソロ・リサイタルで聴いてみたいものだと思ってしまったという。
…てなことを、いくら書き言葉で連ねたところでぴんくるはずもありませんし、
ここで触れたバーナバス・ケレマンの演奏をこそ聴いてごらんくださいましというわけでもないのですけれど、
ともかく同じ曲であっても、演奏者によってずいぶんと曲の面持ちが変わるのだということなわけです。
騙されたと思って、クラシックの何かしらの曲を
Youtubeか何かで幾種類かの演奏で聴いてみてくださいませ。
最初は「やっぱりおんなじじゃん」と思われるでしょうけれど、
何度か聴いてみると「ここがびみょ~に違う」と気付かれる点が出てこようかと。
そうなると、聴き比べの
お愉しみからクラシック音楽の深みにいつしか引き摺りこまれて…
といったことになるやも知れませんですよ。