先ごろ訪れた奈良で、薬師寺に詣でたときのことです。


南の駐車場側からアプローチして参道を進んでいきますと、薬師寺そのものの南門をくぐる前に
「ここにお参りして身を清めてから薬師寺にご参詣ください」てな案内板の立つ
休ヶ丘八幡宮に出くわしたところで、捕虫網を持ったおじいさんと孫と思しき二人が
ちょうどすぐ西側を走る近鉄の小さな踏切を越えてやってきたのですね。


と、孫の男の子が「あ!」と叫ぶや早速に捕虫網を振り下ろし、何やら格闘しているようす。
何か珍しい昆虫にでも見つけたのなら、他にもいるかもと少々近づいてみますと、
少年の数歩手前で今度はこちらが「お!」と。


決して「珍しい」とまでは言えないにしても、

そこにいたのは立派な立派なオスのカブトムシでありました。

思わず手にとって指に止まらせ、しげしげと眺めておりますと
先の少年がやってきて、目を輝かしておるのですね。


「あげるよ」と言いますと、

少年は実にうれしそうに指にとまったカブトムシを引き離そうとするのですけれど、
相手も野生の?カブトムシだけあって、そう簡単には捕まるまじと

爪を立てて必死で指にしがみつくわけです。


結果、カブトムシは少年の虫かごに納まって、

我が指にはカブトムシが残した爪痕に血が滲むということになったのでありますが、
長いこと人間をやっていて、何を隠そうカブトムシが自然にそこにいるというのは

初めて目の当たりにしたのですね。


都会っ子ってのはこんなものなのですよ、寂しいじゃあありませんか。
自然貧乏になるのも頷ける話ではなかろうかと。


とまあ、この一事をもって「奈良は田舎だのう」などというつもりはありませんけれど、
それでもやはりかなりの田舎感を呈しているのは間違いないかもしれませんね。


東京への帰途、JR奈良駅からみやこ路快速という電車で京都まで出ました。
奈良線を走る普通列車(いわゆる鈍行ですが)に比べると、

車体も車内も「頑張ってるな」の印象を得たのですが、
快速列車ながら途中の駅で停まってしばし動かない時間があったのですね。


「もしかして…」と思っていると、予想通りに列車のすれ違いであったわけで、
つまりはJR奈良線は単線!なのだと気付いたわけです(一部複線区間もありましたけど)。


途中の城陽駅あたりだったでしょうか、

「みんなで乗って複線化を!」といった看板が線路脇に出ていたのを見て、
「やっぱり!」と。


もちろん鉄道ばかりが交通の手段ではないにせよ、
人の行き来、物の運搬といったものをある程度は鉄道が担っているであろう中で、
県庁所在地を通る線路が単線とは驚きを禁じえなかったわけです。


今では奈良県の県庁所在地という過ぎないところではあるものの、
かつては日本の中心、中枢であったことを思えば、昔日の殷賑との違いを思わざるを得ないのですね。


さりながら、さりながら!です。
このようにカブトムシがすぐそこにいる奈良、鉄道が単線である奈良なればこそ、
(おそらく日本中にカブトムシはいるでしょうし、単線の場所もあるのでしょうが、都ではなかったはず…)
往時の殷賑への思いとは裏腹に「鄙」故の安堵感があったりするのは、

いささか屈折した感情でありましょうか。


こうした土地柄なればこそ、巨刹の大伽藍があっても違和感無く溶け込め、
鹿が闊歩していてもおかしくもなんともない…。


そして、日本の原風景(とまで言うと大袈裟ですが)を見るような懐かしさにほっとできるのが
奈良の持ち味なのかも、つまり奈良は東京のようになってしまってはいけんのかも知れませんね。


かつては、中国でいうところの「中原」のような土地柄であって栄えた場所なのかもですが、
その「中原」性あるがゆえにその後の発展(これの良し悪しは別として)には

一線を画す(画される?)ことになった…
それが奈良なのかもしれぬなぁと思ったりしたのでありました。