日頃の運動不足解消にと自転車でひょいひょい走っていって、
とりあえずたどり着きましたのが府中市美術館であります。


結構面白い企画展が開催されるのですけれど、

今現在は「府中市美術館の50点」という展覧会でありまして、
同館所蔵の約1800点の中から選りすぐりの50点を展示するという限りなく常設展に近い企画展は、
やっぱり震災の関係で何かしらの企画がキャンセルされたからでありましょうかね。


ただこうした展示の時は本当にゆったりのんびり見られるのが、

混雑苦手な者には至福とも言えるものでして、何度も行きつ戻りつしながら、

はたまたぐいっと近寄ってみたり、遠めでみたり、右に左にうろうろと…。


でも、いささか不規則な動きをすると、隅に腰掛けた係りの方がすっくと立ち上がって

臨戦態勢?を取るのがおかしくもありかわいそうでもあり。


展示はといえば、江戸絵画、西洋絵画、近代洋画、現代美術の4つのコーナーに分かれておりましたが、
順路はあってないようなところもありますので、ふらり入り込んでみますと現代美術のコーナー。
なかなかに刺激的な滑り出しを迎えたわけです。


最初の一点は、周年行事が盛んなこともあってか、岡本太郎作「コンポジション」(1951年)。
作品解説には「調和のとれた『きれいさ』に反する挑発の現れ」とあって、
先に見たドラマ「Taroの塔 」でも描かれたとおり、生き方も作品も「挑発」であったのが
岡本太郎さんなのだとろうと思ったりするのですね。


ただ、何がなんでも「調和」や「きれいさ」がよろしくないわけではなかろうと思うにつけ、
こうした煽り方を含む作品には近寄りがたさを感じてしまわないでもない。


「調和が保たれれば後はいらない」とか「きれい、きれいがあればいい」ということでもないにせよ、
ぶっ壊す姿勢、つまりは挑発ですけれど、

それ以外の方法はなかったのかといえば、たぶんあるわけですが、
たぶん岡本さんは生ぬるい手法で納得することも予定調和のように思えたのかもですね。


描き方、制作手法としては岡本さんと同じではないせよ、根底にある思いは同じなのかなと
思われる作品が連なるコーナーは、ある種神経を逆撫でされる気のする場所であったりするのですね。

そんな中で、むしろ制作の手法として突飛ながら、むしろほっとする作品のひとつが、
斎藤義重「作品4」でありました。


キャンバスがわりの板に電動ドリルを近づけてできた傷痕がたくさん。
実際はドリルというよりドライバーのようなアタッチメントをつけていたのでしょう、
板に穴が開くのでなくって、硬いものにあたったときに、その上を流れてしまってできる傷痕といったふう。


当然のようにそうした傷痕は予測不能で不確実な跡を残すのですが、
そうした不確実さを「調和への反発」みたいなふうに仕上げるのでなくして、
あくまでひとつの作品としての仕上がり(要するに調和なんですが)へと導く手の加え方をして
バランスを取っているのですね。だからこその「ほっとする感」かもしれません。


続いて入り込んだ「西洋絵画」のコーナー。
はっきり言いますと、ほっとする度合いが高まるわけです。

アカデミー派のアレクサンドル・カバネル(1823-1889)の「エステル女王」から始まって、
超有名な画家たちではないにせよ、主にバルビゾン派 らしき作品たちが並ぶ中では
ほっとひと息つくのも当然と言えば当然のような。


アレクサンドル・カバネル「エステル女王」


これが日本の「近代洋画」となると、またちょっと軋む感が。
偏に個人的な思いでしかありませんけれど、どうも明らかに日本っぽい要素、
例えば農村、漁村の風景であるとか、日本髪を結った女性像であるとか、
そうした題材が油彩で描かれることの違和感を抱いてしまうものですから。


それだけに黒田清輝 描くところの「大磯風景」はタイトルからして明らかに日本の景色ながら、
印象派 ふうのタッチによって、いわゆる日本的なるものに結びつくことの無い見た目を持つことで、
先入観を排除してくれているのですね。


黒田清輝「大磯風景」


ということは、油彩のてかてかした感じが「日本ふうなるもの」としっくりこない…
(多分に個人的見解ながら)そう思わせるのかもしれないのでして、
明治以降に日本で洋画が広まる中で「油彩ながらむしろ薄暗い見た目の絵」が多いのは
そんなことも関係があるのかなと思ったりしてしまうわけです。


さて、最後に「江戸絵画」でありますけれど、ここでは「迫真」をテーマとしていたようで、
なるほどそれに適うものとして小泉斐の「富岳写真」(1846年)を挙げておこうかと。


タイトルに「写真」とあるものの、今日の「写真」ではないのでして、
文字通り「真を写す」ことに努めた画文集というわけです。


古来、富士の秀峰を描いたものは多々あれど、富士に登って…というのは早々ないのでして、
登る苦難から、山頂の様子、下りかけて振り返り見る頂きなどなど、

時系列で富士探究に是努めているという。


富士講 の人たちのように、

後に富士に登る人たちには大いに助けとなるガイドブック足りえた内容でありましょう。


ということで、ふらり訪ねて見た府中市美術館の50点でさえ(と言っては失礼ですが)、
あれこれかような印象やら感想やらを思い巡らすことになるのですから、
特別展、企画展ばかりが美術館であるはずもなく、

コレクション展もまたまた楽しからずやなのですから、

収蔵品で勝負してこその美術館!てな気もしないではないのでありました。

(どことはいいませんけど、ここって体のいいイベント会場だよなぁって思う美術館がありますし…)