もはや田舎の子、都会の子という言い方は差別発言にしか響かないところかもしれませんけれど、
かつてはそうしたことが目で見て分かる状況があったように思うのですね。


例えば(これを偏見と受け取られないことを祈るばかりでありますが)、
他の地域から東京の大学に通うことになった女子学生に、結構顕著なものがあったような。


入学当初は普段着の高校生みたいな印象であったのが、早ければGWを過ぎた頃、
遅くとも夏休みを一度通り抜けると確実に変貌するわけで、
この変化をひと言でいうなら「垢抜ける」ということになりましょうか。


垢抜けマジックの使用前が田舎の子で、使用後が都会の子としてしまうと、
やはりどうあっても差別の謗りは免れないやもですが…。


もっとも、こうした変化は何も女性ばかりでなく男性にもあったでしょうし、
個人的には生まれも育ちも東京ながらいっかな垢抜けなかった方ですので、
女性の変化云々と言えた義理ではありませんが、
まあそれだけ劇的でもあったように思い出すわけなのですね。


偏に装いの点、衣服であるとか化粧であるとかが関係しているのは間違いと思うのですけれど、
どうやらそれだけではなかったんだろうなぁ…てなことを思い返すことになりました。
映画「イリュージョニスト」を見たときにです。


映画「イリュージョニスト」


「イリュージョニスト」という、いささかハイカラな肩書きからは程遠く、
老年に差し掛かり、かなりうらぶれ草臥れた感のある手品師タチシェフが、
どさまわりとも言うべき興行契約に従って、パリの裏町から英仏海峡を越え、
汽車やらボートやらを乗り継いでやってきたのは、スコットランドの離島のパブ。


ここで余興に手品を見せるというのがタチシェフの仕事なわけですが、
宿屋を兼ねるその店で掃除や洗濯といった下働きをする女の子アリスと出会います。


タチシェフの手品を見て目を丸くしていたアリスですけれど、
ペッたら靴を見かねたタチシェフが新しい赤い靴をプレゼントすると、
アリスはてっきり魔法で出したもの、そしてタチシェフは魔法使いでもあろうかと
思い込んでしまうのですね。


離島での興行を終えて、タチシェフはエディンバラに向かいます。
すると、アリスがついてきてしまった…。


大都会のショーウィンドウで見かける靴やコートは目にも眩い代物ばかり。
甲斐甲斐しくタチシェフの身の回りの世話をしながら、
また魔法で望みのものを出してもらえることを願っているわけです。


しがない場末の手品師でしかないタチシェフは

夜間にこっそりガレージでアルバイトまでして、アリスの願いを叶えてやるという。
おかげでアリスは「垢抜けた」装いの女の子になっていくのですね。


さりながら、最初は望みのコートを羽織っても、どうも着ているというより着られているふう。
つまりは馴染んでいないわけでなのですが、いつしかそれもしっくりくるようになるという。


このあたり、ただただ装いを新たにしただけで、着ている本人が丸ごと変わるわけではなくって、
実は中身といいますか、内側から外側にあふれ出るものの変化が伴ってこそという感じでしょうか。


離れ小島のパブでの下働きをしていた女の子が、
エディンバラという都会のショーウィンドウを飾るファッションに身を包んで町を歩く。
なにやら芽生えたといいますか、スイッチが入ったといいますか、
そうした変化があったことで、服もしっくりとくるようになったわけですね。
(あ、こうしたことの是非を言うものではありませんです)


スイッチが入れば、ある意味もう怖いものなしのエディンバラっ子然であって、
恋人ができたりもすることに。


「後の生活、どうすんの?」みたいな現実的な話はこの際措いといて、
こうしたアリスの変化(蝶の羽化にでも例えられましょうか)した場所から
タチシェフは静かに退場していくわけです。


結局のところ、自分のしたことはアリスの変化に手を貸しはしたものの、
自分が(魔法を使って)変化させたわけではない。
それが分かるからこそ「魔法使いはいないのだよ」とメモを残して…。


しかしまあ、全編を貫く「けだるいやるせなさ」はどうしたもんでしょうかね。
アニメ映画「サマーウォーズ 」の細田守監督は、こんなことを言ってます。

「何なんだこれは、何でアニメでこんなに淋しい気持ちにさせられなきゃいけないんだ!」とハラが立ったぐらい(笑)。でも心してもう一度観ていると、その淋しさがなんともいえず、とても味わい深い映画でした。

この映画は「モノンクル」シリーズを作ったジャック・タチが残したシナリオを使った作品なだけに、
タチ作品を彷彿させるタチシェフのしぐさやらに感嘆するといった感想が
多く見られますけれど、

この人生の疲れを滲ませつつも悲嘆に落ち込むでもなく、

かといって今さら大望を抱くでもなく、たんたんと十年一日の手品を続ける姿にこそ、

アニメでありながら?妙にリアルな生き方を見るというのでもいいのかな…

と思ったりもしたのでありました。