この間は夏目漱石の戦争に関わる考え などに触れてみたわけですけれど、
漱石と同じく雑司ヶ谷霊園 に眠る文士のひとり、永井荷風(1879-1959)にも触れてみようかと。


ちょうど先日最終回になりましたけれど、

この1月から3月にかけて「永井荷風再考」という12回シリーズがNHKラジオで放送されていて、

そのちょっと前の回で荷風の戦争に対する思いを扱った回があったものですから。


NHKカルチャーラジオ 文学の世界 永井荷風再考 (NHKシリーズ)


もっとも永井荷風といいますと、どうしても「花柳小説」といった印象しかなく、
ストイックに考えてしまうと「触れてはいけない禁断の果実」的なものに思えてしまうところから、
一度としてその作品を手にしたことはありませんので語る土壌がありませんけれど、
今回の「荷風再考」によってずいぶんとイメージも変わったということで…。


作品は読んだことがなくとも、荷風が長らく「断腸亭日乗」なる日記を綴っていたことくらいは
辛うじて知っていたところですが、その中にこのような一節が出てくるという。
世は徐々に太平洋戦争開戦へと向かっていく中でありました。

世の噂によれば日本は独逸伊太利両国と盟約を結びしと云ふ。
憂国者は常に云えり。世界無類の日本精神なるものあり。外国の真似をするに及ばずと。
然るに自ら辞を低くし腰を屈して侵略不仁の国と盟約をなす。国家の恥辱之より大なるは無し。

日独伊三国同盟の締結(1940年)にあたってのひと言で、
独伊を「侵略不仁の国」と切り捨て、これとの盟約は「国家の恥辱」と言い切っています。


ただ「世界無類の日本精神」とはずいぶんと国家主義的な印象を免れませんけれど、
日本そのものに対しても厳しい筆は止むところがありません。

余は斯くの如き傲慢無礼なる民族が武力を以て隣国に寇することを痛嘆して措かざるなり。
米国よ。速に起つてこの狂暴なる民族に改悛の機会を与えしめよ。

「傲慢無礼なる民族が武力を以て隣国を寇する」、これが日本のことを言っているのみならず、
当時仮想敵国筆頭とも言える米国に向かって

「この狂暴なる民族に改悛の機会を与えしめよ」と言う苛烈さに、
これが永井荷風という人だったかと思った次第でありますよ。


先に言いましたように荷風と聞きますと、

硬軟どちらかといえば軟であろうと思い込んでいたものですから、
このあたりの骨太発言から荷風の硬に些か面食らったというわけです。


となればというもの変ですが、先入観はこの際措いといて、

荷風の小説作品を手にしてみるかと代表作のひとつと思しき「腕くらべ」を読んでみることにしたのですね。


腕くらべ 新版 (岩波文庫 緑 41-2)/永井 荷風


でもって、どうであったかということなんですが、うむむ…。
「荷風再考」の中に「腕くらべ」にまつわる逸話としてこのような紹介があります。

歌舞伎や花柳界の営業を禁止した政府が「出征軍の兵士」の慰安用に「腕くらべ」を贈ることに決めたと知らされて、(荷風は)「何等の滑稽ぞや」と呆れたり…

出征兵士の慰安用とは体のいいポルノグラフィー代わりと時の政府は考えたのかもですが、
どうも個人的な読み込みとしては、それを笑えない程度に浅いものだったかと思うところです。

「荷風再考」での評価はこんなふうです。

「腕くらべ」がただの「花柳小説」を越えて実現した特異なところは、新橋の内側が俗悪蕪雑な外の社会に脅かされ浸食されている現状を、明瞭に視野に収めていることです。

荷風が小説に込めたものは、一見男女の交情を描くことに終始するかに見えて、
実は文明批判、文明風刺であったというのですが、
初心な青少年でもないわりに男女の交情の方に幻惑されてしまったということころでしょうか。
恥ずかしながら…。


まあ、機会を改めて別の作品にも挑んでみるとして、
とりあえずは永井荷風なる作家の硬軟とりまぜた像に触れることはできたかなと思いますので、
最後に軟の部分、男女の交情ではありませんが、

情景描写の妙なる味わいを引いて閉めるといたしましょう。

演芸会は三日間大入を取って目出度く千秋楽になったその翌日の事である。
新橋の芸者町は年が年中朝早くから家ごとに聞え出す稽古三味線の音今日ばかりはぱったり途絶えて、稽古に通う女の往来もわけて少ない処から、金春通を始め、仲通板新道から向側の信楽新道まで祭のあとの町内も同様何やらひっそりと疲れたように見えた。そして時たま忙しそうに歩き廻る箱丁(はこや)の姿と顔の売れた老妓の三、四人連れ立ッて往来するのが余所目には興行の後片付というよりは新に何かまた揉事苦情の起った知らせのように若い芸者たちの目を聳たせるのであった。
(永井荷風「腕くらべ」より)