いつの間にかといいますか、たんだんにといいますか、
「コラボレーション」という言葉が普通によく使われるようになってます。
最初は、音楽か何かで異なるジャンルの競演、
例えばクラシックの演奏家とジャズ・ミュージシャンが共演するとか、
そういうのを指してるものだと思ってました。
今では「協働作業」的な意味合いでよく使われていて、
それが英語としてはそもそもの意味なのでしょうけれど、なんでもフランス語で「コラボ」というと、
ドイツ占領下でのナチス への協力者という含みがあるんだそうな。
そうしたことを知った上で「コラボレーション」なるタイトルの芝居に臨むと、
語義の多重性を深く感じるところになりますね。
大筋から言えば、
作曲家リヒャルト・シュトラウス が新作オペラの台本を作家シュテファン・ツヴァイクに頼み、
互いに互いの才能を大いに認めて敬意を払いつつ、歌劇「無口な女」を仕上げていく協働作業、
それが文字通りのコラボレーションというわけですね。
しかしながら、この協働作業が行われたのは1930年代、まさにナチス台頭期であって、
ツヴァイクはユダヤ人 であったことから、さらに次の共作をと望むシュトラウスの
夢を破ることになっていきます。
ただ、ツヴァイクがユダヤ人であり、その後国外に逃れて、
やがてブラジル で自殺をしてしまったという事実が悲劇的なトーンを増すことになるとはいえ、
おそらくツヴァイクは自分がユダヤ人であるかどうかに関わりなく、
例えばトーマス・マン が感じたようなナチス支配という危うさ、
広く人類に対する危うさと言ったものを感じとり、何かしらの行動を起こして、
ナチス支配圏では活動できなくなっていたのではと思われないではありません。
一方で、リヒャルト・シュトラウスはといえば、
よく言われるようにナチス政権下で帝国音楽院総裁(後に辞任)となり、
ドイツで音楽に携わり続けたところから、ナチ・シンパと見られたりもしますね。
フルトヴェングラー などもそうですが。
これを比べてみると、
(もちろんそうでない人たちもたくさんいたものの)音楽家はどうも無邪気といいましょうか、
社会的危うさの察知に疎いと申しましょうか。
あるいは音楽の無垢さ(音楽は音楽、政治と無縁!みたいな)を虚心に信じてるというか、
はたまたまったく逆に、音楽ならば(政治にも屈せず)大丈夫的な過大評価をしているのか…。
どうも作家の人たちのような危機意識が今ひとつだったように思われてならないのですね。
芝居の中では(どこまでが事実かは不明ながら)、シュトラウスは息子フランツの妻がユダヤ人であり、
さすれば当時の考えられ方(法律)では孫たちも当然ユダヤ人と見られることになって、
彼らへの災いを排除せんがために帝国音楽院総裁を引き受けざるを得なくなるという場面があります。
でも、冷静に当時の情勢に目を向けていたならば、
息子の家族に災いが降りかかるやも知れぬことは十分に予測できることだったのではないかと。
まあ、純粋にと言いますか、一切脇目を振ることなくといいますか、
音楽一途の人だったということなのかもしれませんけれど…。
