もはやと言っても、今さらなんですが、
日本の風物詩と言ってもいいのかもしれませんねえ。
何のこと?
クリスマスのことでありますね。
キリスト者の方々には「風物詩とは不遜な!」と叱られてしまうかもしれませんけれど、
逆に必ずしもキリスト教に帰依する人が数的には多いとはいえない日本で、
この時期、どこもかしこもツリーが飾られたり、サンタ姿の人(客引き?)は出没するし、
それらしい音楽は街中を流れてるし…と、あれこれの「らしさ」を見かけるものですから。
もちろん、信者でないのにイエス降誕を祝う筋合いはないといったご意見もおありのことと思いますが、
いつのまにやら(商業主義に乗せられてかもしれないことは置いておくとして…)
この年末の押し詰まった時期に決まって、いささかの明るい気分をもたらす雰囲気を
クリスマスが作り上げているとすれば、もはや風物詩と割り切ることもできるのではないかと。
風物詩は、辞書によれば「その季節の感じをよく表しているもの」ですから、
ある種ぴったりとも言えるような気がしないではありません。
と言いつつも、以前は結構目くじら立てる方だったかもしれないと自分で振り返るのですが、
そうは言っても、それらしい雰囲気に取り込まれていても嫌な気がしないどころか、
なんだかしみじみしたりするのですから、「ま、いっか」と。
去年なども、古楽アンサンブルによるシャルパンティエ の曲を聴きにいって
すっかりあったか気分になっていたりしますしね。
で、今年はといえば、たまたまであるにしても、
GreenMeadow ハンドベルリンガーズ というハンドベル・クワイアの街角コンサートに出くわして、
やっぱり(確たるものではないにせよ)「ううん、クリスマスだぁねぇ!」みたな気になってるわけです。
ところで、このハンドベルのアンサンブルというのは、いつ見ても見事ですよね。
とにかく、まったくの単音しかでないものを使って、メロディ、ハーモニーを自在に奏でるという。
たったの一音しかでないのですよ!くどいですが…。
息を合わせることの難しさは尋常ならざるものがあるのではないかと。
そして、写真の左手の方をご覧くださいまし。
人間の頭よりでかいベルがありましょう。
これを鳴らすのを見ているとですね、下手すれば腰にも、手首にもきそうな気がしますしねえ。
大変なものです。
しかも、見てみないとわからないかったのですけれど、
ハンドベルと言って、手でもって振るうだけではないんですね。
奏法もいろいろあるようで。
テーブルに置いたまま、マレットで叩いてみたり、
はたまた中の振り子?(クラッパーというらしい)を手でもって打ち付けてみたり、
CDで聴いただけでも感心してしまうところが、
実際の演奏を目の当たりにすると、「ほぉおお!」と思うわけですね。
とまあ、いつの間にやら、ハンドベル・クワイアの話になってしまっておりますけれど、
演奏される曲は時節柄、「荒野の果てに」とか「もろびとこぞりて」とかだったりするのが
要するにちいとも気にならないどころか、この12月の押し詰まった感にマッチしてしまっているという。
何だか無理無理、話を元に戻してるきらいがあるものの、
そしていろいろとひとそれぞれの考え方もありましょうけれど、
現実的には、日本人にとってクリスマスはもはや日本の風物詩と解するのが
妥当な線ではなかろうか…と思うのでありました。
