マフィアの本
を読んで、とある村で数年のうち153人もが殺されてしまったということに触れましたけれど、
この「とある村」というのが、シチリア島にあるコルレオーネという村なのですね。
すぐにピンと来られる方も多かろうと思いますけれど、
映画「ゴッドファーザー」に描かれたファミリーのドンである
ヴィト・コルレオーネの出身地という設定になる村であります。
出身地がそのまま姓とは「無いではない」ことながら、
映画の中では移民船でたどりついたニューヨークはエリス島で移民手続きの際に、
コルレオーネ村出身のヴィト・アンドリーニを係官が「ヴィト・コルレオーン」と登録しまったという…
あっ!これはPARTⅡでのお話でした。
とまれ、手元にありながら見るのはずいぶんと久しぶりという
DVDの「ゴッドファーザー」Box setを取り出して、早速1作目を見始めたわけであります。
1作目の「ゴッドファーザー」と言えば、
何といってもドン・ヴィトを演じたマーロン・ブランドの存在感でありますね。
握りかけの拳のような手つきで軽く頬を掻くしぐさ。
似たようなことを「アンタッチャブル」のデ・ニーロ=カポネがやってたような気もしますけれど、
ともかくマーロン・ブランドの醸す枯れた威厳には、デ・ニーロも適うものではありません。
それでも、当時(1972年)のブランドはまだ48歳だったのですから、何と申しましょうか…。
と、どうしてもマーロン・ブランドのドン・ヴィトに目が行くものの、
このお話は世代交代のお話でありますし、
そのもう一方の主役であるマイケル(アル・パチーノ
)の側からみれば、
ある種ビルドゥングス・ロマンということになりますね。
一般的にビルドゥングス・ロマン
は人間の成長が描かれるのですから、
それがピカレスクな世界に関わるとしても、せいぜい成長過程の一時期ということになりましょう。
ところが、ここでは堅気であったマイケルがドン・ヴィトの後継者として周囲から
認知されるまでが描かれていて、表面的に言えば
「悪に染まり、深みに嵌っていく逆ビルドゥングス・ロマン」みたいな言い方になるかもしれません。
以前であれば、そのとおりに受け止めていたところでありますけれど、
こたびは事前に少々マフィア探究をしておりますから、いささか見方が異なることになるのですよ。
時代は第二次大戦が終わったばかりの頃のお話で、
冒頭、妹コニー(タリア・シャイア)の結婚式に現れたマイケルは軍服姿。
しかも後々の会話の中では、マイケルを指して「国家の英雄」といった言い方もされています。
つまりは、第二次大戦で国家(アメリカ合衆国)のために戦った英雄というわけですね、マイケルは。
この国のために戦う姿勢というのが、
実はマフィアなるものとは真っ向から対立するものではないかと思うのでありまして、
戦争で国家のために戦うことも公共の安定に奉仕することだろうとは思うのですが、
マフィアにとっての「公共」とは大変に限定的な世界であって、
決して国といった大きな括りではないわけです。
分かりやすく映画に沿った言い方をすれば、
彼らにとっての「公共」はファミリーそのものなのですね。
その彼らにとっての「公共」の安定が乱されるときには、
相手がいかなるものであっても(国家の法であっても)敢然と立ち向かうことになるという。
ですから、マイケルがどう成長したかという点では、
それまでの「公共」観を変化させて、マフィア的公共観に覚醒したということではなかろうかと。
これは、半ばくらいのところで敵対勢力を射殺してシチリアに隠遁したあたりのことが、
出自的な意識の高まりに関係していると見せているように思われる一方、
実は根っからマイケルがドン・ヴィトの後継者たるに相応しい人物であることが
暗示される場面に出くわすことも、ままあるのですね。
例えば、ドン・ヴィトが暗殺未遂に遭い、入院している病院でのシーン。
敵対する側の息の掛かった警官が指図して、警備に人間から医者、看護師に至るまで立ち去らせ、
病院をもぬけの殻にしてしまう(つまりは止めを刺しやすくする)のですが、
そこへ現れたマイケルの、腹の据わった冷静な動きは「只者ではない」ですね。
たまたま見舞いに訪れた男が一緒にマイケルとともに立ち番代わりを演ずるのですが、
おそらくは殺し屋と思しき人物を乗せた車が立ち去ったあと、あまりの緊張のあとだけに
タバコを吸おうとするものの、体が震えてライターも付けられない。
自分がそのとき不意にさせられた役回りを思えば思うほど、
震えは後から後から襲ってきたでありましょうね。
それが普通の人だと思ったりしますが、それとマイケルの落ち着きの対比は実に厳然としたものです。
ところで、世代交代の話という点から見れば、
一貫して「麻薬には手を出すな」と言っていたドン・ヴィトに対して、
他のファミリーは「時代遅れ」的視線を送るわけですが、
このあたりは本来的な「マフィア」から単なる犯罪組織への変貌過程の中で、
マイケルがどう処していくのかは描いてほしいところですから、
続きが作られるのは当然のことなのでありましょう。
ただ、最後の最後で引継ぎ儀式的なことを垣間見させて終わるものの、
この第一作、これはこれとしての完結性は高いものがあると思われ、
昨今多いやたらに「続く」という映画とは一線を画しているやに思うのでありました。
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