フラゴナールブーシェ と来たからには、
どうしたってロココ仲間のアントワーヌ・ヴァトー(1684-1721)に目を向けることになりましょうね。
そしてヴァトーと言えばやっぱり「シテール島への船出」ということになりましょうか。
なにしろヴァトー随一の有名作品ですし。


アントワーヌ・ヴァトー「シテール島への船出」第1作


ところでこのタイトルでありますが、

個人的には美術関係の素人と思っている者でも知っているわけですが、
どうやら「シテール島への船出」というのは誤りであるらしいのですね。


こんな話があります。

この絵の版画に間違った題名がつけられたために、この場景は長い間恋の島への出発と解釈されてきたが、いまではシテール島からの出発だと考えられている。
ピエール・シュナイダー「巨匠の世界/ワトー」より

言われて見ればではありませんけれど、右寄りに描かれたふた組のカップルなどは、
「さあ、恋の島へ出発だぁ!」というわりにはなんだかもたもたしてるふうですよね。
出発が待ち遠しくてというよりはむしろ立ち去りがたいように見えるわけです。


ちなみにシテール島というところは、愛をつかさどる女神アフロディテが
海の泡から生まれて最初に上陸した島なのだそうですよ。


ギリシアの南方海上にあるキュテラ島、それのフランス語読みがシテール島だということで、
そこが恋人たちにとっては愛の巡礼地との伝説となったのだとか。


そういう場所へ出かけようとするのならば、逸る気持ち抑えがたし!みたいなのが本当なのでしょう。
それが居座らんばかりのところを無理に「さあ帰るのだぞよ」とひっぱり起こされてるのですから、
やっぱりシテール島からの船出なんではないかと。


そこらへんの読みをもっとドラマチックにすると、

彫刻家のロダンのような解釈になるのかもですね。
なんでもロダンはこの絵の中の登場人物たちは全て同一カップルの連続写真のように考えたのだとか。


右端に愛を語らう二人、左これは隣に行くと

島での夢のようなひとときが過ぎ去って帰郷を渋る女性に手を貸す男性のカップル、
お次は船に向かいつつもまだ女性は島の方を眺めやっている…といった具合に。
これは面白い見方ですよねえ。


この「シテール島への船出」(一応、こう呼びますが)は1717年にアカデミーに提出され、
ヴァトーに正会員の資格を与えた作品なのですけれど、
後にといっても1717-19年頃にもう一枚の「シテール島への船出」を描いたのだといいます。


アントワーヌ・ヴァトー「シテール島への船出」第2作

一般に知られた1作目がやや霞がかったような、

それだけに夢見心地的な風情を醸す作品であったのに対して、
2作目の方はかなりクリアな画面で、右下のところにカップルにひと組追加されているんですね。


後にロダンが連続写真と理解するのを知っていたかのように、
このカップルはしっかと(?)抱擁しているという。


しかも1作目では森に隠れてしまうくらい右端に、

ひっそり腕のもげたアフロディテ像が見えるのに対して、
2作目のアフロディテ像はしっかり全身が見えていて、

しかもプットーに囲まれ動いているかのようです。


どうも2作目の方は収集家の友人のために制作したらしいのですけれど、
個人蔵となるからには、流行のロココ的な、しかもフラゴナールではありませんけれど、
幻想的なというよりはも少し現実的な?愛の世界として描いたのかもしれませんね。


ところでところで、

アントワーヌ・ヴァトーはヴァトーなんでしょうか、ワトーなんでしょうか?
あれこれ検索してもよく分からずで、

「Watteauは、フランス語でヴァトーが正しい」などという記載がありましたので、
とりあえずヴァトーとしましたけれど、ドイツ語 で「Wa」が「ヴァ」なら分かるんですが、
フランス語でもそうなんですかね??