しばらく前に音楽評論家の舩木篤也
さんがエッセイの中で、
ガエターノ・ドニゼッティの歌劇「愛の妙薬」を初めて見たときのことを書いていました。
曰く「こんな馬鹿馬鹿しいものが名作なのか」と。
これが気になったものですから、
いつか「愛の妙薬」は見ないと(聴かないと?)いけんねと思ったわけです。
ちなみに舩木さんが「馬鹿馬鹿しい」と断じた理由ですけれど、
「話の筋にあ然とする」と同時に、音楽の中身にも触れていますので、ちょっと引いておくとしましょう。
1832年にもなって、和声もリズムも楽器法も、こうまで慣習的だと萎える。ドラマを重視して革新的な音楽語法にうったえた後年のワーグナーと比べるのは酷だとしても、たとえばウェーバーなど、これより以前に、もう少し工夫をしていなかったか。
なかなかに手厳しいという印象。
もっともご本人も「喜歌劇、オペラ・ブッファのことだから、目くじらを立てるもの野暮ではあろう」と、
言ってはおりますが…。
でもって、この「愛の妙薬」を先日見た「ジプシー男爵 」と同じシリーズの
DVD映画版でようやく見ることができたのですね。
で、どうだったかと言いますと「これはオペレッタだと思えばいいんだな」と。
オペラ・ブッファとオペレッタの境界線は話の内容によるものではないにしても、
またドニゼッティがどういう思いで作ったかはわからないものの、
この際割り切らせてもらって、オペレッタと思えば
「あれこれのことはまあ置いといて、気楽に楽しみましょうよ」となるのではないかと。
タイトルにまでなっている「愛の妙薬」そのものがインチキ博士のインチキ薬なわけですし、
そんなインチキ薬でもってヒロイン攻略に向けて「行けそうな気がするぅ~」と
思い込む主人公もまた主人公なのですから。
そして、ウィーン・フォルクスオパー でオペレッタ魂を培ったメラニー・ホリディを
アディーナに迎えたこの映画版は、アディーナを学校の先生という役どころにして、
生徒と一緒に体操しながら歌うといった場面などなど、
映像的にも全編にわたってオペレッタ気分に満ち溢れていますし。
もっともこうした演出・改変あらばこそ、このように受け止めたのかもしれませんけれど、
本来の筋書きどおりに舞台でみたらば「おいおいおい!」となってしまうんですかね。
ちなみに「愛の妙薬」をオペレッタとして見たとしたら、あまりにも重苦しく感じるのが、
いちばんの聴かせ所と思しき主人公ネモリーノのアリア「人知れぬ涙」であろうかと思われます。
「そんなにどよ~んとしてはいけんよ、喜劇なんだから」と言いたくなってしまうわけです。
先の舩木さんも別の意味でこのアリアに注目していて
「愛はついに成就した。だからこそ悲しい」に違いないと深く読んでこそ(深読みしてこそ?)、
ドニゼッティにも、「愛の妙薬」にも音楽史上の立場が保たれるように思い至ったようです。
そう言われればそうかと思わないでもない…。
でも、単純に面白かったからいいや!と思うものの、
もしかすると本来の「愛の妙薬」をお好きな方にとってこの映画版はお叱り対象かもしれませんね。
![ドニゼッティ「愛の妙薬」全2幕 映画版 [DVD]/ホリデイ(メラニー)](https://stat.ameba.jp/user_images/20101017/12/chroc/0f/dd/j/t02200220_0336033610805950880.jpg?caw=800)