映画なんかでよく見かけますけれど、
神さまや天使(?)が現れて人生をやり直させてくれるというのがありますね。
考え方として、人生はすでにどうなるか決まっていてその通りに進むんだから、
どうあがいても無駄といったものもありますけれど、
この考えで人生を決めているもの、それはたぶん神さまということになるんでしょう。
ただ、最初に言ったような人生やり直しの話がたくさん作られるのは、
人生は決められているけれど、それに抗いたいという意識から生まれるのか、
はたまた神さまだって人生はどうなるのか分かってないんだよ…というところから来るのか。
どうも後者なのかもしれないなと、映画「トゥルーマン・ショー」を見ていて思ったのですね。
望まれないままに生まれた赤ん坊を番組制作会社が引き取り、その成長過程を24時間365日、
リアルタイム・ライブで放送するというTV番組の主人公トゥルーマン(ジム・キャリー
)。
彼自身は自分が広大なセットの中で暮らしているとは気付かずに、
周囲の人たちが全て役者であり、エキストラであるということを
考えもしないままに成長したわけですが、
ちょっとした器材トラブルやら手違いやらから疑念を抱き、
これまで一度も街の外へ出たことがないトゥルーマンが脱出を敢行するんですね。
慌てふためく制作会社側が手を回して、
なんとかこれを阻止しようとするのですが・・・。
一人の人間をプライバシーもなく支配するのは、それこそ神をも恐れぬ行為だ!
と憤る人がいるかどうかですが、ありえない話があったらどうなるかというより、
ありえない話をありえないままに描いているわけです。
そして、思うところはと言えば、神さまなるものがいるとすれば、
トゥルーマンを主人公とした番組制作のトップであるクリストフ(エド・ハリス
)のように
人間を見下ろしているのなかと。
クリストフはトゥルーマンの成長過程で街から出られなくなるようなトラウマとなる事故を作り出したり、
作為的に彼の人生に関わってくることからすれば、
トゥルーマンの人生は決められたものと見ることもできます。
が、人間の動きは理屈ばかりでなく、思いつきがあったり、気が変わったりしたりするものですから、
結局のところクリストフたち天上人にも予測のつかないことが起こるのですね。
同じように、人間だけでも60億からいるその一人ひとりの思いつきや移り気まで
全部が全部「お見通し」状態とはいかに相手が神さまでも考えにくい、
というよりそれに何の意味があるの?と思えてくるわけです。
特定の宗教の神さまをどうのこうの言うものではありませんけれど、
神さまは万物の創造主ではあっても、自分の作ったものの生涯がお見通しなのではなくって、
ほおって置くと何をしでかすかわからないものと捉えてるような気がしてきますね。
であればこそ、自分の人生は自分でなんとかすることになりますので、
「どうせ」といった思いをもっても何にもなりませんから、
最近サローヤン を読んで個人的には持ち直し傾向であることを幸いになんとかしてきましょうかね。
皆さまにとってもなんとかなっていきますように…。
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