カペラ・アウローラ・クニタチというアンサンブルの演奏会を聴いてきたのですね。
国立音楽大学
の教員・卒業生・学生を中心に
同大学の楽器学資料館の保有する年代物の楽器を使用して、
同大学のホールで演奏会を開くのですから、
これはもはや国立音楽大学の演奏会と言ってもよいのかと。
今回の演奏会で当てられた焦点は、ジョヴァンニ・バティスタ・ペルゴレージ
であります。
1710年生まれのペルゴレージは今年が生誕300年でありまして、
これもまたひとつの周年行事というわけですね。
日本ではどうも1810年生まれで生誕200年のショパン
ばかりが目立っていて、
先日聴いたバーバー
の生誕100年ともども、ペルゴレージの生誕300年もとんと話を聞きませんが、
さすがにイタリアでは記念コンサートなどが行われていると、
本日指揮をされたウィーン大学名誉教授の前田昭雄さんが演奏に先立って話しておられました。
そして「たった26年の生涯であったペルゴレージの、300年後に彼の生誕を寿ぐとは」驚くべきこととも。
プログラムはペルゴレージの声楽曲、器楽曲の前後をモーツァルト
で挟みこむというもの。
最初に演奏された交響曲第5番はモーツァルトの9歳のときの作品。
イタリア風シンフォニア様式を受け継いでいるところを示した上で、
最後に交響曲第29番という、円熟期には至らずともモーツァルトらしさが花開き、
バロックの名残を払ってその後の古典派、ロマン派といった音楽の系譜を予見させるものを
持ってくるという、なかなかに考えたプログラミングというわけですね。
さて、間に挟まれたペルゴレージでありますけれど、
「サルヴェ・レジーナ」、ヴァイオリン協奏曲変ロ長調(2、3楽章のみ)、
そして室内カンタータ「オルフェオ」の3曲が演奏されました。
ここで注目は「オルフェオ」でありまして、モンテヴェルディのオペラを挙げるまでもなく、
ギリシア神話の有名なお話が元になっているのですね。
これを、レチタティーヴォ-アリア-レチタティーヴォ-アリアというたったの4曲で、
しかも歌唱はテノールひとりだけという小さな構成、小さな編成でやってしまおうという果敢な?取り組み。
ちなみに、CDなどでは一般的にソプラノ独唱でやってるらしいのですけれど、
オルフェオの役割があるのだからと今回は特にテノールにしたと解説されていまして、
それはそれでもっともだ!と思うのですね。
最初のレチタティーヴォではト書き的に、
オルフェオが妻エウリディーチェを冥界に連れ去られてしまった悲嘆を示します。
続くアリアでは、それこそオルフェオが妻を探し回っているところなのですが、
「Ah dov'e sei Euridice e dov'e sei?(どこだ、エウリディーチェよ、どこにいるのだ?)」
と繰り返すのが印象的です。
再度のレチタティーヴォではまた妻を見付けかねる苦悩を語りますが、
最後のアリアで一気に物語のカタをつけることになのですね。
そして、そのカタのつけ方が独特と言いましょうか…。
歌い出しの歌詞としては「エウリディーチェと喜びのうちに帰れないとするならば」と
いかにも悲嘆と苦悩を示すようでありながら、長調で歌われるのでして、
要するにこれは反語表現というやつでしょうね。
「一緒に帰れないならば…いや、そんなことはない。一緒に帰るのだ」というわけで長調なのでしょう。
ところがすぐに続いて短調に転じ、
そうはいっても果たしてそううまく行くのかと疑念が湧き起こるわけです。
しかし、再び長調に戻り、オルフェオはその後に敢えて自身を鼓舞するように、
エウリディーチェと一緒に帰れるものなら良し、しかしそうでないとしたら、
自分もまた冥界の留まり、そこで一緒にいるのだという決心を歌うんですね。
この話は、オルフェオがエウリディーチェを救い出し
地上に向かう過程でドラマティックな山場を迎えるというのが一般的かと思うのですけれど、
ここでペルゴレージが提示したテクストは、
はっきり言ってエウリディーチェが見つかったのかどうかもわかりません。
さらに、見つかったとしても一緒に地上に帰れればいいのはもちろんのこと、
そうでなくとも共々冥界に留まって一緒にいることも(次善の)喜びとしてしまっていますので、
それでハッピーエンドとしての結末を迎えてしまっているという。
これは独特なんじゃないですかね。
物語はどこへ行っちゃったの?と思わなくもないですけれど、
これをいざペルゴレージの曲付きで聴くとですね、
尻切れトンボにも思える物語の結末が、何やら深遠な余韻を残すかのごとくですから不思議ですねえ。
この一曲をもって後世に名を残したわけではありませんけれど、
モーツァルトやシューベルト、ビゼーなどに比べてもさらに短い人生であったペルゴレージが
生誕300年を祝賀される!これは、やっぱりそれ相応のものを残したからなんでありましょうねえ。
