以前、妻夫木くんが出ているビールのCM だかで「人生のエレベータ」のことに触れましたけれど、

あれは階数が年齢に相当する作りになっているものでした。


ところが、エレベータの階数が

何らかの階層の違い(不適切な用法ですが、適当な言葉が浮かばない)になっていたとしたら…。

新宿でふと立ち寄ったビルのエレベータでついついそんなことを考えてしまったのですね。


ふと立ち寄ったといいましたけれど、

これは新宿西口、高層ビル群のチョイト手前にある新宿エルタワーというビル。

ここはですね、新宿駅から地下道で繋がったB1フロアの扉を抜けると、

スモーカーズ・パラダイスがあるのですね…と、それはどうでもいい話ですが。


ともあれ、そのエルタワーのエレベータに乗りこみます。

どかどかどかっと人で結構いっぱいになりますが、

土曜日でしたのでオフィス関係はお休みのようでして、

まず23階で降りる人の波が。


このフロアには公共職業安定所、いわゆる職安、今ふうに言えばハローワークが入っているのでして、

どうもこのフロアで降りる方々は疲れが見てとれるような面持ちでありました。

雇用情勢の厳しさはあれこれ喧伝されているところではありますけれど、

百聞は一見にしかず、語る言葉はなくとも背中が十二分に語っているといいましょうか…。


次に止まったのが25階。

表示によると「資格の大原」が入っているようです。

何らかの資格取得に向けて勉強している人たちなのでしょうね。

その資格を武器にしていけば、23階はやはりスルーできるのか、

利用したとしても短期間で済むのでしょうか。


ないよりはあった方がいいとも言われる資格ですけれど、

資格がないからダメといった風潮もいかがなものかとは思いますが…。


でもって、目的階の28階に到着すると、そこには新宿ニコンサロンがありまして、

二つの写真展が開催されているわけなのですね。


ひとつは「HIV/エイズとともに生きる子どもたち」、

そしてもうひとつは「生命のサンゴ礁」というものです。


写真展「HIV/エイズとともに生きる子どもたち」 写真展「生命のサンゴ礁」



前者は、ケニアの貧困地域に取材し、

HIVホルダーの子どもたちを撮影すると同時にインタビューを試みたもの。


知らなかったのですけれど、HIVに感染していても発病を抑える薬が出来ているようで、

この取材地域でのように、生まれながらにしてに感染している子どもたちは

この薬を飲み続けることで生きていけるのだといいます。


インタビューの「あなたの大切なものは?」という質問への答えは、

「薬」「病院」「自分自身」「母親(どうも父親は母子を置き去りにしたらしい)」などなど。


中には「医者になること」という答えがあって、

設問から想像すれば答えは「医者になりたいという思いが大切なもの」

というようなことなのかもしれませんけれど、

何だか「エライね、この子」と思ったりしてしまうところですけれど、

そんなこと言ってられない切実さがあるのでしょうね。


ちなみに上の写真は、病院に通うバスがないので、バンにぎゅう詰めで行くところ。

どのように交通費を捻出するのかはわからないんですが、

なんでも日本円にすると月収400円に対して、この交通費は250円するのだとか…。


もうひとつ、後者はサンゴ礁の海に色とりどりの魚が泳ぐ写真ばかりでなく、

危機に瀕したサンゴ礁の数々が写し取られているのですね。


なんでもサンゴ礁は、地球を取り巻く海の中のたった4%の部分であるのに、

魚全体の25%はサンゴ礁にいるのだとか。

豊饒の海はサンゴ礁とともにあるかと思えば、こちらの問題もまた深刻。


前者のHIV問題、貧困問題にしても、後者の環境問題にしても、

「誰にでもできることはあります。何か始めてみませんか」と語りかけているようであります。

確かにそのとおりでありましょう。


そして、それはそれ、これはこれと思うことも必要だと承知しながらも、

このサロンに上がってくる途中で目にした職安に通う人たちの姿はどう考えたらいいのか。

それこそ「何かできるのか」。


何もしていないものが偉そうなことを言えたものではありませんけれど、

28階のサロンで発信されているメッセージに応えうるのは、

いわば他人事を大変だねと言える「ご身分」あらばこそなのかな…みたいな。

23階の人の切実は、次元の違うところにありますよね。


「ああ、人間は無力だ」とか「考えていてもしょうがない、とにかく行動」とか

両極端の間で、しばし悩みにくれる。これもまた人間だからだなあとも。


28階の窓から見下ろすと、新宿の街並みに何事もなく行き交う人々が見えます。

「平和だな」

マクロで見ればそんなふうですし、

ミクロで見たら「誰しも何事もなく生きてる人なんていなかろう」とも。

思いは千々に乱れる土曜日の午後でありました。