あまり「LA紀行」ばかりを書いておりますと、
だんだんやっつけ仕事みたいになってしまいますので、
時折違うことも挟んでおかないとですね。
ただ、そうすることを目論んでいたわけではないのですけれど、ロサンゼルス出発直前に、
図書館から「予約の本が準備できました」と連絡があって借りてきてしまったものの、
予約で後がつかえていると聞けば、早く返さなきゃと思うの人情というものでして、
旅の間、まるまる一週間寝かしてしまったあと、帰国後に一気に読んだのが、
中島京子さんの「小さいおうち」でありました。
先日も「イトウの恋
」を読んだところではありまして、
パスティーシュめいたプロットの妙を感じる中島作品は少しずつあれこれ読んでいるわけですが、
今年の直木賞受賞作となった「小さいおうち」は、
「たぶんおそらく間違いなくバージニア・リー・バートンが関係してるよなぁ」と思い、
普段さほど新作、話題作に目を向けるわけでもない方ながら気にかけていたのですね。
太平洋戦争開戦前夜、町工場から社長がたたき上げで育てた玩具会社の重役・平井宅で
女中としてなくてはならない働きをしていたタキが老年になって当時を回顧する物語でありますが、
連作短編の「女中譚
」がこうした形の長編に結実するにあたって、
(はっぱり!)バージニア・リー・バートンの「ちいさいおうち」
を絡めてくるあたり、
「やるよねぇ~!」感が強くありますね。
元々ちっぽけな玩具会社なだけに社長ともどもビジネスを拡大して行こうと頑張る平井の姿には、
戦前の、日本では何をやっても初めてのビジネスモデルになるといった
「やればやったなりのやりがい」めいたものが伺えますし、
その成果が非常に明確な形、すなわち坂の上の小さな洋館の我が家ということになります。
やっぱり上昇志向の現れは「高台の家」かぁてなことを考えていきますと、
またロサンゼルスの話
になってしまうので、ひとまず置いておきましょう。
話全体の中では、平井家の亭主はメインの人物ではないですし。
話はもっぱら女中のタキ、平井夫人の時子、
そして時子の連れ子の恭一(時子は平井と再婚です)を中心に動きますが、
回想録という入れ子構造ですから、現在のところではタキが記す回想録に
甥っ子の子供が突っ込みを入れる点も忘れてはならないところですね。
曰く「戦争中の話なのに、ちっとも悲惨さがない!」というわけですが、
例えば8年に及んだ日中戦争の間じゅう、「銃後」の生活が悲惨を極めたのか、
(太平洋戦争の前、つまり戦局が厳しくなる前からどの程度使われた言葉かわかりませんけれど)
あるいは悲惨でなかったのかはあまり語られませんよね。
「戦争はやっちゃいけんのだ」ということを後世に伝えるためには、
とにもかくにも歴史的には戦争をしていた時期に「のほほんとした生活」などあったはずもない…
と考えてしまいがち(考えたがる?)ではありますけれど、
タキばあちゃんが言うには「実際、こうだったのだから…」と。
つまり、三越へ出かけて買物をしたり、資生堂で洋食を食べたり、
鎌倉の社長の別荘にお呼ばれしたり・・・。
もちろん、世界中を敵に回した段階でまでこうだったとは言わないものの。
こうした点では、「かくあるべし」みたいなところと別に実際どうだったのかは、
どうも語りにくいことなのか、歴史の裏に潜り込んじゃってる気がしますよね。
それだけに(本書は創作ではあるにしても)新鮮な気がしたものです。
話の中には、時子夫人が夫の若い同僚とあわや「よろめいてしまう?」というようなこととか、
それに絡んだタキとの関係とか、さらには現代に戻って回顧録に登場する人物たちの
「今」探しがあったりと、「よくできてんなぁ」と思ったわけです。
俵万智
さんの歌ではありませんが、「やってくれるじゃないの」と思うのでありました。
