すぐに調子に乗って繋がりを追うのはいつものことでありまして、
「夏は来ぬ」の次ぎにはアメリカからの輸入ものである「故郷の廃家」と来ましたので、
ついでにもひとつ、今度はドイツ民謡なのですね。
これとても、もはやドイツの香りを残すでもなく
所謂日本の唱歌になっているのではないでしょうか。
つうことで、「故郷を離るる歌」をどうぞ。
いかに日本のものになっちゃってるかは、二番の歌詞を見てみるとしましょうか。
つくし摘みに鎮守の森、そしてこぶな釣りし…とまで来てしまえば、
「日本のふるさとだぁねえ」てなものですよ。
取り分け「こぶな釣りし」の部分は、
「うさぎ追いし」の「故郷」からのパクリかとも思ってしまいますが、
どちらの曲も1912~4年あたりに発表されたりしているようで、
詳しく調べないと一概にどちらがどちらを真似たてなことはいえないようですね。
ところで、先日来見てきた(聴いてきた)曲に
何かしらの懐かしさを感じる(年代によるのでしょうが)とすると、
いずれにしても故郷の自然との結びつきのような気がしてきますね。
(「夏は来ぬ」は必ずしも故郷とは言ってませんけれど、自然環境的に類似性があるような…)
つまりは、日本人は(といっては乱暴かもしれませんが、場合によっては外国の方も同様に)
「故郷」らしきことを感じとると、懐かしさのスイッチが入るのではなかろうかと。
もしかすると、何を今さらと仰る向きもおありかもですが、個人的には故郷がありませんので、
ある意味、実に客観的に結びつけたつもりなのですよ。
実際には故郷の無い者であっても、
それでも「故郷」と聞くと懐かしさのスイッチが入るのは同じなのでして、
多分に故郷=日本の原風景みたいなイメージがDNAにあるのかもしれませんね。
「夏は来ぬ」の次ぎにはアメリカからの輸入ものである「故郷の廃家」と来ましたので、
ついでにもひとつ、今度はドイツ民謡なのですね。
これとても、もはやドイツの香りを残すでもなく
所謂日本の唱歌になっているのではないでしょうか。
つうことで、「故郷を離るる歌」をどうぞ。
いかに日本のものになっちゃってるかは、二番の歌詞を見てみるとしましょうか。
つくし摘みし岡辺よ、社(やしろ)の森よ
小鮒(こぶな)釣りし小川よ、柳の土手よ
別るる我を 憐(あわれ)と見よ、さらば故郷
さらば故郷、さらば故郷、故郷さらば
つくし摘みに鎮守の森、そしてこぶな釣りし…とまで来てしまえば、
「日本のふるさとだぁねえ」てなものですよ。
取り分け「こぶな釣りし」の部分は、
「うさぎ追いし」の「故郷」からのパクリかとも思ってしまいますが、
どちらの曲も1912~4年あたりに発表されたりしているようで、
詳しく調べないと一概にどちらがどちらを真似たてなことはいえないようですね。
ところで、先日来見てきた(聴いてきた)曲に
何かしらの懐かしさを感じる(年代によるのでしょうが)とすると、
いずれにしても故郷の自然との結びつきのような気がしてきますね。
(「夏は来ぬ」は必ずしも故郷とは言ってませんけれど、自然環境的に類似性があるような…)
つまりは、日本人は(といっては乱暴かもしれませんが、場合によっては外国の方も同様に)
「故郷」らしきことを感じとると、懐かしさのスイッチが入るのではなかろうかと。
もしかすると、何を今さらと仰る向きもおありかもですが、個人的には故郷がありませんので、
ある意味、実に客観的に結びつけたつもりなのですよ。
実際には故郷の無い者であっても、
それでも「故郷」と聞くと懐かしさのスイッチが入るのは同じなのでして、
多分に故郷=日本の原風景みたいなイメージがDNAにあるのかもしれませんね。