相変わらず暑い日々が続いているせいで、
おのずと普段よりは行動が控えめの感じになっておりまして、
そのせいかレンタルDVDなど含めて、映画の話が多い昨今になってます。
しばしエコには目をつぶらせていただいて冷房の恩恵に預かりつつ(でないと、我が身が危うい…)、
映画を見るわけです。TVはニュースくらいしかほとんど見ないものですから…。
(本を読むより、頭使わないし)
前置きはともかく、「セントアンナの奇跡」を見てみました。
第二次世界大戦でイタリアに上陸した連合軍の尖兵となった黒人兵士たちの話です。
シチリア島に上陸して北上を続ける連合軍(米軍)ですが、
独軍の反撃に遭って進退窮まったトスカナ地方。
激戦の最中、黒人兵4人が前線で孤立してしまうのですね。
途中で出会ったイタリア人の少年を同行し、ある村にたどり着くのですが、
元ファシストの村の顔役や妖しげな美貌を湛えたその娘、
そして村出身のパルチザンたちとの関わりを持つ中でも、
独軍の侵攻はほんの目の前まで来ている…てな状況です。
タイトルに「奇跡」とあるように、少年との交流においてある種ファンタジックな様相を呈し、
最後の最後に「奇跡はこれね!」となるわけですけれど、
160分の長丁場をうまく乗り切る映画になっていると思う一方で、
どうしても考えてしまうのは米軍における黒人兵の扱いなのですね。
先陣を切らされて敵の集中砲火を浴びながら、
無線で司令部に敵陣の座標を伝え「砲撃してほしい」と要請するんですが、
司令部では連絡された敵陣座標を信用せず、別の地点に砲弾を撃ち込むんですね。
味方の援護もないままに、黒人兵の中隊はたった4人になってしまいます。
こうした不信ばかりでなく、配置された将校の黒人蔑視は余りにあからさまなほどなのですよ。
ですから残った4人が隠れた村では「イタリア人は黒人差別を知らないのか?」というほどの
わけへだてのなさに驚く様子が描かれています。
そして、「自分の国、アメリカのために戦うって???」とも。
こうした戦時下での(戦時下でもというべきか)差別的な扱いは黒人にあったばかりか、
例えば「ウィンドトーカーズ」でのアメリカ先住民ですとか、日系人部隊にもあったようですよね。
日系人部隊の場合、実際に戦線に送られる前に与えられた特別任務というのが、
犬に自らの臭いを嗅がせることであったといいます。
日本人の臭いを覚えた犬に太平洋戦争の戦場で日本兵発見の役に立たせようという狙いであったとか。
想像するしかありませんが、日系人部隊の思いやいかに、です。
アメリカは自由の国と言われたりしますけれど、元々メイフラワー号でやってきた人たちは
自分たちの信仰の自由が保障される別天地をアメリカに期待したわけで、
その後、自由が保障されるべき「枠」はいささかの広がりを見せるにせよ、
やはりWASP以外にまで同様の保障を与えるものではないと考えていたようでもあります。
でなければ、黒人奴隷がたくさん連れてこられた理由が説明できないのではないかと。
1862年にリンカーン
が奴隷解放を宣言しますけれど、
何も農業ばかりでなく、大陸横断鉄道の建設や鉱山の採掘など
労働力(しかも安価な!)需要は多いときですから、黒人がダメなら他にということで、
大量に中国からの移民というか、苦力(クーリー)が求められたとあっては、
WASPの下層を構成する人たちの存在は不可欠だったのでしょう。
今でこそ、このとおりの考えを声高に表明するような人たちは、
いたとしても(表向きは?)多くないのでしょうけれど、
外からアメリカを見る場合の「自由」とはかけ離れた「自由」の考え方があったのではなかろうか
とは知っておいていいですよね。
この間、グラウンド・ゼロ近くのモスク建設が予定されることへの議論 の高まりに
触れたこともあってか、ついついこのように思いを巡らせてしまいましたけれど、
こういう捉え方をすることは、もしかすると
この映画を撮ったスパイク・リー監督の術中に嵌ったと言えなくもないのかもしれません。
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