三島由紀夫が書いた戯曲「わが友ヒットラー」が上演されると知って、

下北沢の劇場ザ・スズナリに出かけてみました。


Chain reaction of curiosity

個人的な印象として、三島というとその作品自体よりも、

陸上自衛隊市谷駐屯地のバルコニーで熱弁をふるう姿が浮かんでしまうところがありまして、
もしかしてこうした戯曲を書いた背景には、三島のヒトラー 好きがあるのではないかと

思ったりしますけれど、どうもそんなふうに考える人はやはりいるようで、

三島自身、1969年公演でのプログラムにこんなことを書いているのですね。

ずいぶんいろんな人に、「おまえはそんなにヒットラーが好きなのか」ときかれたが、ヒットラーの芝居を書いたからとて、ヒットラーが好きになる義理はあるまい。正直のところ、私はヒットラーという人物には怖ろしい興味を感ずるが、好きかきらいかときかれれば、きらいと答える他はない。ヒットラーは政治的天才であったが、英雄ではなかった。英雄というものに必須な、爽やかさ、晴れやかさが、彼には徹底的にかけていた。ヒットラーは、二十世紀そのもののように暗い。

ここで揚げ足取りをするつもりはありませんけれど、

この文章は一見「ヒトラー嫌い」を匂わせるものの、決して否定はしていないようにも取れるのですね。


むしろいちばん正直な部分は「ヒットラーという人物には怖ろしい興味を感ずる」という部分。
さりながら、「好きかきらいか」にはきらいと答えないわけにはいかない。
ホロコーストなど歴史の事実の前に、「ヒトラーが好きだ」と明言できる人はそうはいるはずもないですし。


ただ、英雄でないのはもちろんのこととしても、その怪物ぶりが際立っている分、

興味を覚えてしまうことは確かにあるかもしれませんね。


そこで、三島が描こうとしたのは、ヒトラーが怪物になりきってしまう前で、
「政治的天才」と言ったことを裏付ける出来事を題材としているわけです。

時は1934年、首相として政権を握った翌年のことです。
登場人物は、ヒトラーの他に3人。


一人は、ここに至るまでヒトラーとの友情を信じて二人三脚しながら、ナチスの拡大定着に尽くし、
「突撃隊」と呼ばれるナチスの私兵軍団幕僚長を務めるエルンスト・レーム。


ナチスが政権を取ったのちは、その信ずるところの実現にはドイツ国軍に代わって、

突撃隊こそがドイツの軍事を担うべきとレームは考えているのですが、

どうやらヒトラーは国軍をうまく操るにはむしろ突撃隊が邪魔だと思い始めている様子。


一介の政治集団の党首のときと、不安定な政権であっても一国の首相となってからでは、
自ずと考え方に変化があっても仕方がないところもありますね。


それをレームの側にしてみれば、同じ釜の飯を食って、

今の政権掌握に至るまでナチスで苦楽を共にしてきたヒトラーを

いつまでたっても「お友だち」と見ているわけでして、

これがヒトラーにはいささか「うざい」状況になっているという。


つまりヒトラーの粛清は、お友だちレームを切り捨てるところから始まったと言えるのかもしれません。

三島の言う「政治的天才」の手法が粛清とはいただけないところではありますが、
思いもかけず大きくなったナチスの中には、レームのような極右もいたわけですね。


一方で、本来の「国家社会主義ドイツ労働者党」という看板どおりに

社会主義的手法による労働者本位のドイツを目指して、
党員獲得に大きな功績のあったグレゴール・シュトラッサーは、

いわばナチスの極左になりましょうけれど、
こちらは(レームにとっての突撃隊のような駒を持っているわけではありませんので)体よく追い払うという。


この極右・極左の切捨てを瞬く間に行ったことが、

三島をしてヒトラーを政治的天才と言わしめているわけです。


効果のほどとしては、エッセンの重工業を握る企業家のグスタフ・クルップが、
もともと脆弱な内閣を我が物顔で牛耳ろうとヒトラーに近づいたものの、

こうした過程を経る中ですっかり飼い犬同然にさせられてしまったということ。

これら全てが、やがては第二次世界大戦に繋がっていきますね。


事成し遂げたヒトラーが最後につぶやく「政治は中道でなくては…」。
「中道」という言葉が、使いようでどうとでもなってしまう玉虫色の意味合いであることを思わせますね。


無邪気にこの言葉をつぶやく、完全な独裁者になる前のヒトラー。
演出上も、かなりその幼児性(駄々っ子のようなそぶりや言動)を強調していたように思うのですけれど、
一人の人物の中で老人のような頑固さと同居しているというのか、紙一重というのか。
はたまた状況が変えていったとも見るべきなのか。


言いにくいですけれど、やはり「興味を感じる」ところは確かにあると言わざるをえないかもしれません。