もうずいぶんと前の話になりますけれど、職場にアルバイトで来ていた大学生に
マーク・レスターの名前を出したところ、「それ、何ですか?」と聞かれたのですね。
「それ、誰ですか?」でなくって「それ、何ですか?」。
映画「小さな恋のメロディ」をご存知の方なら、
きっとこの反応にびっくりされることと思いますけれど、
そんな昔の映画のことなどちいとも知らない大学生君にしてみれば、
「車の名前かと思った…」てな具合だったわけなのですよ。
このように「誰?」と言う以前に「何?」とまで言われるほどに
埋もれてしまう人というのはままあることではありますから、
これから出す名前もまた同じような反応なのかなぁと思ったりもするわけでして。
この間書いたように空想旅行がいつの間にやら(?)マルセイユに到着しておりますが、
ふっと気が付いたのは、ポール・モーリアがマルセイユ出身ではなかったかと。
ほおら、ポール・モーリア。
「いったいそれ、何?」でありましょうか。
ムード音楽というよりはすこしばかり体裁のいい言い方に
「イージーリスニング」という音楽ジャンルがあったのですが、
今、イージーリスニングなんつう言葉を聞くことはまずありません。
ただ、HMVのHPあたりでも、言葉自体は残っているようではありますね。
で、このイージーリスニングなるものですが、
いったいどういう解説がなされているだろうと、
Wikipediaを見てみましたら、こんなふうでした。
これが流行った時期があったんですよねえ。
こうなると、久しぶりに聴いてみるかなぁと思うわけでして、
おそらくは30年余り前のLPレコードがあったはず…と探してみると、
おお出てきた、出てきた!
すごいですよ、グレイテスト・ヒッツですからね。
A面がポール・モーリア・グランド・オーケストラのオリジナル(あるいはそれに近い)曲、
B面はスタンダードといってもいいようなポップスの有名曲のアレンジものが入っておりまして、
収録曲を並べてみることにしましょう。
まずA面。
そしてB面です。
B面の方は時代が知れる選曲ですけれど、
これをみるだけでもA面とB面の違いというのが実ははっきり現われているんですね。
イージーリスニングというと、
先のWikipediaの説明にも「BGMの意味と混同されることがある」と記載されていますけれど、
ありていに言ってB面は、BGM的なるものと言って差し支えないかと。
そのときそのときのヒット曲で、比較的誰にでも耳馴染みのメロディをバンド用にアレンジして、
それも極めて刺激が少なく、耳障りになるところがかけらも無いような演奏をするわけですね。
自ずと気付いたら何となく知ってるメロディが流れていた…というような、
文字通りのBGMに相応しいというか。
ところが、A面の方は、実は曲が一人立ちしているわけです。
ポール・モーリアの名前を知らなくても、
そしていろんな楽団がいろんなアレンジで演奏している曲であったとしても、
「オリーブの首飾り」(なぜか映画のゲイ・バーのシーンで流れることが多い)とか
「エーゲ海の真珠」(ジュディ・オングの「魅せられて」より断然エキゾチックでドラマチック)とかはポール・モーリアの演奏でこそ、「あ、聴いたこと、ある!」というものではなかろうかと。
つまり、イージーリスニングというジャンル分けのもとに、
お気軽お手軽な音楽に括られてはいるものの、
ポール・モーリアならでは音楽というのが実はあって、
そういう曲が(全てではないにせよ)A面に集まってるわけです。
恥ずかしながらというべきかどうかはわかりませんけれど、
個人的にはチェンバロの音色というのは、ヘンデルでもバッハでもラモーでもなく、
ポール・モーリアの演奏で知ったのではないかと個人的には思い出したりもするわけでして、
こうしたことも特徴の一つと言っていいのかもしれませんね。
ということで、名前も忘れかけられていれば、
おそらく曲ももちろん忘れかけられているのであろうものの、
先にあげた「オリーブの首飾り」、「エーゲ海の真珠」以外にも
ポール・モーリアならではの曲をこの梅雨どきの鬱陶しい時期に聴いて、
清々しくなるというのもいいですよね。
つうことで、「涙のトッカータ」を聴いてみるとしましょうか。
(このタイトルの付け方がお手軽度に拍車をかけてますね、原題はただの「Toccata」)
ポール・モーリアは永遠に不滅です!と、突然思い出したわりには、言ってしまいましょうかね。
マーク・レスターの名前を出したところ、「それ、何ですか?」と聞かれたのですね。
「それ、誰ですか?」でなくって「それ、何ですか?」。
映画「小さな恋のメロディ」をご存知の方なら、
きっとこの反応にびっくりされることと思いますけれど、
そんな昔の映画のことなどちいとも知らない大学生君にしてみれば、
「車の名前かと思った…」てな具合だったわけなのですよ。
このように「誰?」と言う以前に「何?」とまで言われるほどに
埋もれてしまう人というのはままあることではありますから、
これから出す名前もまた同じような反応なのかなぁと思ったりもするわけでして。
この間書いたように空想旅行がいつの間にやら(?)マルセイユに到着しておりますが、
ふっと気が付いたのは、ポール・モーリアがマルセイユ出身ではなかったかと。
ほおら、ポール・モーリア。
「いったいそれ、何?」でありましょうか。
ムード音楽というよりはすこしばかり体裁のいい言い方に
「イージーリスニング」という音楽ジャンルがあったのですが、
今、イージーリスニングなんつう言葉を聞くことはまずありません。
ただ、HMVのHPあたりでも、言葉自体は残っているようではありますね。
で、このイージーリスニングなるものですが、
いったいどういう解説がなされているだろうと、
Wikipediaを見てみましたら、こんなふうでした。
その名の通り、クラシック音楽等と違って緊張せずにくつろいで楽しめる軽音楽の意であり、具体的には管弦楽によるポップスを指す。
これが流行った時期があったんですよねえ。
こうなると、久しぶりに聴いてみるかなぁと思うわけでして、
おそらくは30年余り前のLPレコードがあったはず…と探してみると、
おお出てきた、出てきた!
すごいですよ、グレイテスト・ヒッツですからね。
A面がポール・モーリア・グランド・オーケストラのオリジナル(あるいはそれに近い)曲、
B面はスタンダードといってもいいようなポップスの有名曲のアレンジものが入っておりまして、
収録曲を並べてみることにしましょう。
まずA面。
- オリーブの首飾り
- 涙のトッカータ
- エーゲ海の真珠
- 恋はみずいろ
- シバの女王
- パリのあやつり人形
- 天使のセレナード
- 口笛の鳴る丘
- 蒼いノクターン
そしてB面です。
- そよ風の誘惑
- サンシャイン
- イエスタディ・ワンス・モア
- ヘイ・ジュード
- やさしく歌って
- 雪が降る
- コンドルは飛んで行く
- この胸のときめきを
- ラスト・ワルツ
B面の方は時代が知れる選曲ですけれど、
これをみるだけでもA面とB面の違いというのが実ははっきり現われているんですね。
イージーリスニングというと、
先のWikipediaの説明にも「BGMの意味と混同されることがある」と記載されていますけれど、
ありていに言ってB面は、BGM的なるものと言って差し支えないかと。
そのときそのときのヒット曲で、比較的誰にでも耳馴染みのメロディをバンド用にアレンジして、
それも極めて刺激が少なく、耳障りになるところがかけらも無いような演奏をするわけですね。
自ずと気付いたら何となく知ってるメロディが流れていた…というような、
文字通りのBGMに相応しいというか。
ところが、A面の方は、実は曲が一人立ちしているわけです。
ポール・モーリアの名前を知らなくても、
そしていろんな楽団がいろんなアレンジで演奏している曲であったとしても、
「オリーブの首飾り」(なぜか映画のゲイ・バーのシーンで流れることが多い)とか
「エーゲ海の真珠」(ジュディ・オングの「魅せられて」より断然エキゾチックでドラマチック)とかはポール・モーリアの演奏でこそ、「あ、聴いたこと、ある!」というものではなかろうかと。
つまり、イージーリスニングというジャンル分けのもとに、
お気軽お手軽な音楽に括られてはいるものの、
ポール・モーリアならでは音楽というのが実はあって、
そういう曲が(全てではないにせよ)A面に集まってるわけです。
恥ずかしながらというべきかどうかはわかりませんけれど、
個人的にはチェンバロの音色というのは、ヘンデルでもバッハでもラモーでもなく、
ポール・モーリアの演奏で知ったのではないかと個人的には思い出したりもするわけでして、
こうしたことも特徴の一つと言っていいのかもしれませんね。
ということで、名前も忘れかけられていれば、
おそらく曲ももちろん忘れかけられているのであろうものの、
先にあげた「オリーブの首飾り」、「エーゲ海の真珠」以外にも
ポール・モーリアならではの曲をこの梅雨どきの鬱陶しい時期に聴いて、
清々しくなるというのもいいですよね。
つうことで、「涙のトッカータ」を聴いてみるとしましょうか。
(このタイトルの付け方がお手軽度に拍車をかけてますね、原題はただの「Toccata」)
ポール・モーリアは永遠に不滅です!と、突然思い出したわりには、言ってしまいましょうかね。
