だれそれの生誕○○年記念の何とかという企画が多い中で

アルフォンス・ミュシャ よ、お前もか!」という気がしますけれど、
ひっそりと?三鷹市美術ギャラリーで展覧会が開催されているのですよ。


ちなみに生誕150年になる1860年生まれの有名人はというと、

などなどということで、なんだか名前の並びを見ただけでも

時代の雰囲気が漂ってくるような気もしてきますね。


「アルフォンス・ミュシャ」展@三鷹市美術ギャラリー


さて、そんな中でのアルフォンス・ミュシャですけれど、
どうしたってアール・ヌーヴォー風味がぷんぷんしてくるポスターによって有名なわけでして、
展覧会でもメインの座を占めているやに思われます。


サラ・ベルナールとの出会いから生まれた「ジスモンダ」の

公演ポスター(1895年)が出世作ですから、それも当然ですね。


公演ポスターが高尚で、それ以外の広告デザインが高尚でないとは言わないものの、
ビスケットの缶や包装紙などはほとんどというか、全面的に使い捨てされて当然のものも展示されていて、
「よく取ってあったなぁ」と思ったりするんですね。


ちなみに三越デパートの赤白の包装紙は、いのくまさん がデザインしたものだそうですから、
キレイなのを見繕って保存しておきましょうかね…てな気にもなろうかと。


ところで、ビスケットであろうが、チョコレートであろうが、はたまた自転車の宣伝ポスターであろうが、
基本的には独特の意匠を背景に女性がクローズアップされているところは「お決まり」ですけれど、
これらの女性像というのはたぶんに理想化されたものだろうなと思うわけです。


それに対して、先の「ジスモンダ」を始めとするサラ・ベルナールのために制作されたものでは、
鼻梁にいささかカクッとした角度のついた女性が描かれてますね。
きっとご本人がそうだったのでしょうけれど。


と、ミュシャといえばポスターと言ってしまいましたけれど、

やはり本展の目玉はミュシャ自筆の油彩や下絵でしょうね。
絵画修業に打ち込んでいた時期の初期のもの、

そして故郷(チェコモラヴィア )に帰ってからの民族性に根ざした大作。
これが見ものではないでしょうか。


時代が時代でアール・ヌーヴォーと聞くものですから、ついつい安易に結びつけてしまいますが、
アカデミー派風とされる1887年の「ローマの火災を見つめるネロ」ではブラングィン を思い出しましたし、
「ポエジー」なる1894年の作品からラファエル前派 を嗅ぎ取りたくなるのですね。


こうした最初の頃の作品があって、広告デザインの人気者を通過点として故郷に帰るわけですけれど、
ミュシャとしてはオーストリア帝国 の田舎としてしか見られないモラヴィアの当時の状況を思うにつけ、
気持ちをぶつけたキャンバスに現われたものは同じ女性の姿であっても、優雅さや洗練、

またアンニュイな表情などからは離れていきます。


デッサンですけれど「スラブの民族衣装を着た少女」(1930年)に描かれた少女の

何と凛々しいまなざしでありましょうか。


こういっては何ですが、

もしかしたらミュシャのポスターがお好きな方にはその後の民族的主題を扱った作品群、
例えばプラハ市民会館市長ホールの壁画や「スラヴ叙事詩」

(前者は原画が、後者の一部は下絵が出展されてます)などは
重すぎてしまうかもしれませんね。


ところで、ミュシャにこうした民族性を喚起させるキッカケがあったといいます。
解説から引用してみましょう。

アメリカ滞在中にボストン交響楽団の演奏するスメタナの「わが祖国」を聴き、芸術を通して故国のために余生を捧げる決心をしたといわれています。1910年50歳でプラハに戻り、スラヴ民族の歴史の連作「スラヴ叙事詩」の制作をすすめる一方、民族的主題のポスター、プラハ城にある聖ヴィート大聖堂のステンドグラスのデザイン、第一次世界大戦後に独立したチェコスロヴァキアの紙幣なども手がけ、ミュシャは79年の生涯を終えました。

スメタナの「わが祖国」は、

ただ音楽として全曲を聴きとおすのはなかなか難儀な曲だったりしますけれど、
たぶん一曲々々に付けられた標題、そして込められた想いは、

同胞でなくしては受け止め得ない「何か」があるのだと思われます。


シンプルに目の前の画像を見て「面白い」と思うかどうかでももちろん何も悪いことではないですし、
個人的にはそうした見方でずうっと絵画に接して来てはいますけれど、
一枚の絵の背景にぐおっと濃縮還元されて、

実は絵の側が発信しているであろうメッセージをいささかなりとも受け止められたら、
感じ方もまた大きく変わるのだろうなあと思ったのでありました。


「スラヴ叙事詩」の本物を見るにはモラフスキー・クルムロフ城へ行くしかないのですけれど、

まさにその場で見ることこそがきっと絵とのシンパシーを得る手段でもあるのでしょうね。