シュニッツラーの「夢小説」 に寄せて世紀末ウィーン の爛熟頽廃てなことを触れましたけれど、
これは何もフランツ・ヨーゼフ帝がどうのというより、帝国自体が熟した果実のような状態 であって、
そうしたことが世の風潮にも反映していったのかもしれないと思ったりします。


ところが、やっぱり王様が代わると浮世のさまも変わるのだなと思い出しましたのが、
今月いっぱいまでNHKラジオ第二放送のカルチャーラジオ でやっている

「ジェイン・オースティンとイギリス文化」で紹介されたことなのですね。


ジェイン・オースティンとイギリス文化 (NHKシリーズ NHKカルチャーアワー・文学の世界)/新井 潤美


オーストリア帝国フランツ・ヨーゼフ帝の治世に被さるように、

イギリスではヴィクトリア女王の治世ということになりまして、
他国に先んじた産業革命の成果などもこれあり、

イギリスが栄華を誇る「ヴィクトリア朝」というわけです。


ところが栄華を極めているとなれば、

浮世の方もそれ相応に浮かれまくってと思うところが、さにあらず。


なんとも謹厳実直なと申しましょうか、

何しろ国の母たるヴィクトリア女王は夫君アルバート公 とも仲睦まじく、
国民の模範となる家庭を示すかのように、道徳・秩序といったものには格別に厳しかったとか。


これに対して、ヴィクトリア女王の前の前の時代、

(といっても直前のウィリアム四世は7年ほどの短い在位期間ですので、そんなに離れてない)

リージェンシー(摂政時代)と言われる時代の世相は全く逆であったようですね。


後の英王ジョージ四世は、

遺伝性の病気を抱えていた父王ジョージ三世の時代に皇太子として摂政についたことから、
やがて王位についてもずっと「リージェンシー」という時代で括られることになったとか。

「放蕩、贅沢、堕落、自由奔放、快楽主義」などなどやりたい放題、

なんでもござれ的な世の中であったそうで、
これも偏に王様がそういう人だったから…というわけです。


ジェイン・オースティン はこの時代の人だものですから、
ヴィクトリア女王が読んだとしたら思わず顔をしかめる恋愛遊戯のようなものを書いてたりするのですね。


小説ならまだしも、これが手紙というプライベートな文書になると過激さはエスカレートするようで、
後世に一族の手によってまとめられたジェイン・オースティンの書簡集には明らかな削除や
(よかれと思って施された)修正があちこちあるらしい。


例えば、その中でもことさら「悪名高い」手紙といわれて紹介された部分を引いてみましょう。

シャーボーンのホール夫人は昨日、予定日の数週間前に死産してしまいました。何かショックを受けたからだということです。うっかり夫の姿をみてしまったのでしょう。
(ジェイン・オースティンから姉カサンドラに宛てた手紙より)

確かに酷いもの言いだと思えますし、

これはジェイン・オースティン自身の個性でもあるとは思いますけれど、
こういう笑えないジョークともいえぬ言い回しが生み出される時代の風潮というのはあったんだろうなと。
自由奔放とはいえ、「どんだけ?」と思わざるをえませんよね。