アガサ・クリスティの著作では、
先にも触れましたように
本人と読者の間で評価が合致しないものがあったものですから、
そうしたもののひとつ、それも読者では上位に評価されないものの、
著者本人は指折り数える作品の中にいれているもの(しかもこれまで読んだことのないもの)を
読んでみようと思ったわけです。
取り出したのは1967年の作品「終わりなき夜に生れつく」。
読んでみますと、なるほど読者受けが芳しくないのが分かるような気がするのですね。
まず第一に、本作にはエルキュール・ポワロ
もミス・マープルもバトル警視も
おしどり探偵(トミーとタペンス)も出てきません。
もちろん、こうしたはっきりした探偵役が出てこないものでも、面白く読めるものはあるわけでして、
例えば「なぜエヴァンズに頼まなかったのか」とかですね。
第二には、なっかなか事件が起こらない。
どうしたって、クリスティを読むときには
「謎解き」(読み手に解けるかどうかも含めて)にワクワクしながらというのが、
期待されているところではなかろうかと思うのですけれど、
全体の三分の二以上過ぎて初めて、事件とも事故ともつかぬ事態が起こるという。
そこにたどりつくまでは、呪いだ、脅しだと気を持たせまくるのですよね。
こうしたことから、心理小説めいたものかと言えば、そうでもないのでして、
それだけに事ここに至るまでのところは、冗長さが感じられなくもないではない(??)。
ただ翻って書き手の側に思いをめぐらせば、
「こういう小説が書きたかったんだろうなあ」というのは分からなくもないわけです。
といってお読みになったことのない方には、何のことやら…でしょうから、
文庫のカバー裏から引用しておくとしましょう。
昔からの伝説によって、呪われの地と恐れられている<ジプシーが丘> ― しかし、海を臨むその素晴らしい眺望は人々の心を魅了せずにはおかなかった。ある日、この土地で偶然出逢った若者と娘は激しい恋に陥った。やがて二人は周囲の反対を押し切り、結婚へと踏みきっていったのだが・・・・・・幸せな二人を待ち受けていた大きな破局 ― 乗馬に出かけた妻が落馬して死んでしまったのだ!果たしてこの土地に伝わる呪いのせいなのか?それとも忌わしい罠か?呪われの地<ジプシーが丘>を舞台に繰りひろげられる愛憎と犯罪を斬新な手法で描く!
ということなんですが、最後に一気に片をつけるやり方を見ると、
結果的に犯罪としては非常に不確実なプランと言わざるを得ませんし、
そう思いついてしまえば遺憾ながらご都合主義の謗りを免れないかもしれません。
さらに文庫の解説には
「作者が仕掛けた本書のメイン・トリックは女史の以前の有名な作品に類似している」
という指摘もされていまして、これは(結末まで見通してしまうかは別として)読み始めてすぐに
気が付く点ではあります。
それだけに、物語の書かれよう、進み具合のあちこちに「何かあるのは…」と思いつつ読むことになるので、
それが唯一、先に言った冗長さを回避する手段であろうかと。
ということは、作者本人も十分に類似性を意識していたのではないでしょうかね。
「こういう小説が書きたかったんだろうな」と思うのもその辺に関わるのですが、
本作以前に数々の独創的なトリックを生み出し、ミステリの女王とも言われるようになっていたにせよ、
小説家でありたかったのかもしれません。
こんなトリックだったとは気が付かなかった!というところだけで評価されるのではなく、
ストーリーで、その展開で、その筆運びで評価されたいというところがあったのではないかと思えてきます。
そうした意気込みがあればこそ、ウィリアム・ブレイクの「罪なき者の予言」からの引用も含め、
ある雰囲気の濃厚な描出に注力したのが、本作ではないかと。
そのように考えれば、いわゆる「クリスティの面白さ」という点では他の作品群とは異質であって、
単体としても(贅沢を承知で言えば)もう少しの深まりが欲しかったと思うものの、
クリスティとしては意欲的なピカレスクになっているのではないしょうか。

