特に意識して見ているわけでもない、聞こうとして聞いているわけでもないCMが、
どうにも耳について離れなかったり、ともするとフレーズを口ずさんでいたりすることがありますよね。


比較的最近のことでいいますと、

♪○○積み立て、コツコツ
  ××積み立て、コツコツ

なんつうふうに歌ってたりするわけです。


それが取り分け興味がないどころか、あんまり良い印象を持っていない広告だったりすると、
自分のことながら苦笑いをしてしまったり。
それでも、気付くと「コツコツ」言ってるという。
人それぞれに似たようなことがあるのではと思うのですが、いかがでしょうかね。


ここではTVのCMを例にとりましたけれど、
かように広告というものはじんわりと体のうちに浸み込んでくるのではないかと。
まさに「感染」という言葉は言いえて妙かなと思ったりするわけです。

たまたま三浦明博さんの小説「感染広告」を読んだものですから、
そんなふうな想像が働いたのでありました。


感染広告/三浦 明博


お話は広告代理店に勤務する主人公が、輸入ビールのキャンペーンを任されるところから始まります。
大々的にキャンペーンを張るといいつつ、予算の方はそこそこということで、
重点をWEBにおいての口コミ狙いで仕掛けをあれこれ作っていくことになるんですな。


最初のうちの謎めいたイベントが功を奏したこともあり、
噂というウィルスがパンデミックを起こしていくわけです。

広告主が「この感染で人が死ぬようなことはあるまいね」などと冗談を言っているうちは良かったのですが、
そのうちに広告主にも代理店にも警察が訪ねてくるのですね。


電車に飛びこんだり、マンションから飛び降りたりと、

どうやら自殺と思しき不審死が散発しているという。
しかも状況を確認すると、

死の直前には決まって話題になっているビール名をつぶやいたり叫んだりしている…。


広告との因果関係は全くはっきりしないながら、ともかくもその後の企画は打ち切りとなり、
サイトもクローズされるのは止むを得ないながら、キャンペーン失敗の烙印を押された主人公は
関わりの有無をはっきりさせねば寝覚めが悪いというわけですね。


パンデミックのように情報を拡散させたものの、本物のウィルスをばら撒いたわけではないし、
ましてWEB主体のキャンペーンにおいて、

インターネットを仲介して何かしらの毒物のようなものが伝染するわけがない。


いくつかの古典的手法(例えばサブリミナルのような)による結果ではないことを
ひとつひとつ潰していきながら、たどり着いた先は…? ジャジャーン!!


とまあ、そういう話なわけで、結果的には技術的にはあり得るものの、リアリティはどうかなぁと。
もっとも、リアリティがありすぎると、これは小説でなくて犯罪指南本になってしまいますが。


とまず、思ったんですけれど、
今回の冒頭に枕みたいに書いたじんわり感から想像すると、「んな、バカな?!」ということが、

何らかの精神状況にある場合に過剰反応を引き起こすみたいなことって本当にないんだろうか…

と思ってしまうのですね。


人間というものは複雑にできている半面、
「だまされる」という点においてはかなりシンプルにできてるようにも思うものですから、
ついついあれこれ考えてしまうのでありました。