ブログネタ:卒業旅行 行った?行ったとしたら、どこに行った?
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最近の大学生は、卒業旅行が何度もあるようですね。
何度もと言っても、タイミングとしては卒業前の一定時期以外ではないのですけれど、
要するに小さい旅行を何度もと言ったらいいでしょうか。
最近の大学生は、卒業旅行が何度もあるようですね。
何度もと言っても、タイミングとしては卒業前の一定時期以外ではないのですけれど、
要するに小さい旅行を何度もと言ったらいいでしょうか。
部活仲間とはスノボに行って、ゼミの連中とは温泉で一泊、
語学クラスで友だちになったヤツとは海でも見にいくかと…てな感じ。
大学生も同様ですけれど、近頃の若者は人間関係の機微に疎いというと大袈裟ながら、
友だち付合いが下手だといったようなことが言われたりもするわけで、
この辺のあまねく分け隔てなくお付き合いみたいに見える数々の旅行というのも、
目に見える現象ということになりましょうかね。
目に見える現象ということになりましょうかね。
かつて(といっても、年代によって違うんでしょうけど)は、
一泊で温泉に行くなんつうのを卒業旅行と呼ぶことはなかったですよね、おそらく。
卒業旅行という言葉には、卒業を前に行く旅行、卒業を記念して行く旅行というストレートな意味以上に、
ここで学生であることが終わってしまい、社会人になるからにはもはや自由きままな、
また冒険的なことはできなくなってしまうとの悲壮な覚悟(?)をもって、今しかできない、
今だからできることをしておこう!と決意して出かけたのではなかろうかと。
(かなり大袈裟に言ってますが)
(かなり大袈裟に言ってますが)
先に小さい旅行という言い方をしましたけれど、こうした決意の下に出かける旅は、
おのずと遠くへ長く行くという大きな旅行であったわけです。
ただ遠くへ長くと言っても、それに比例して大きな費用をかけられるかといえば、
ただ遠くへ長くと言っても、それに比例して大きな費用をかけられるかといえば、
何しろまだ学生ですから、そんなことはない。
だからこそ、「地球の歩き方」がバイブルとして持てはやされたんですよね、きっと。
だからこそ、「地球の歩き方」がバイブルとして持てはやされたんですよね、きっと。
創刊30年にもなったという「地球の歩き方」。
今では高級ホテルまでが案内されていることに愕然とするわけですが、
自分の卒業旅行にあたっては、ヨーロッパ編を思う存分利用させてもらいました。
今では高級ホテルまでが案内されていることに愕然とするわけですが、
自分の卒業旅行にあたっては、ヨーロッパ編を思う存分利用させてもらいました。
卒業前の2月から3月にかけて、ユーレイル・パスを使っての3週間。
学校行事だか、内定先の研修だか(忘れてしまいました…)がなければ、
学校行事だか、内定先の研修だか(忘れてしまいました…)がなければ、
もっともっと日数をかけたかったので、誠に残念な限りでありました。
今や普通の旅行ガイド化してしまった「地球の歩き方」ですけれど、若者らしく身の丈にあった旅をしよう、
お金をかけるならとにかく何でも見て回る方に使おうてなことがコンセプトであったわけですね。
お金をかけるならとにかく何でも見て回る方に使おうてなことがコンセプトであったわけですね。
ですから、パリでクリヨンに泊まるとか、ロンドンでクラリッジに泊まるとかいうのは別モノの旅なのですが、
一方でいかに節約するかを競うかのような旅もまた、違うんですけどね。
「地球の歩き方」を初めて手にした当時は、
おそらくヨーロッパ編とアメリカ編の2冊しかなかった時ではなかったかと。
中国自由旅行編が出た頃だったでしょうか。
中国自由旅行編が出た頃だったでしょうか。
とにかく、今みたいに国別・地域別などという細かなガイドはなかったのですが、
当時にしても、やっぱり今のようなガイドに変わっていく(変わっていかざるをえない)要素
というのはあったんでしょうね。
ヨーロッパで言えば、安宿は駅前を中心にたくさんあるので、
よく吟味して安く快適な宿を探してみよう!これも旅の楽しみのひとつです…というのが、
「地球の歩き方」の言いたいところなはずですが、
そうした宿の例示としていくつか宿泊施設が紹介されているものの、
そうした宿の例示としていくつか宿泊施設が紹介されているものの、
結局その紹介されている施設にたくさんの日本人が集まってきてしまうと、よく聞きました。
また、ローマのポポロ広場にいたときには、
大学生らしき日本人から「ポポロ広場、どこですか?」と聞かれたり。
そこまで地図が読めないのか?と思うと同時に、なんだって日本人に聞くんだよって思ったわけですね。
(東南アジア系には間違えられることがありますが、逆立ちしてもイタリア人に見えるはずがない!)
そこまで地図が読めないのか?と思うと同時に、なんだって日本人に聞くんだよって思ったわけですね。
(東南アジア系には間違えられることがありますが、逆立ちしてもイタリア人に見えるはずがない!)
言葉が不案内ではあるのはよく分かりますけれど、
あたって砕けろのバイタリティがないなら、「パッケージで来いよ」とか思ってしまったり。
まあ、こんな具合ですから、
当初の精神をちと脇に退けても懇切丁寧なガイドブック路線をとらざるを得なかったのかもですね。
とまれ、「え、卒業旅行?行きますよ、温泉一泊!」などと言われると
何ともったいないと思ってしまうわけでして、
3週間にまとめなきゃいけなかった自分のヨーロッパの旅の方はといえば、
3週間にまとめなきゃいけなかった自分のヨーロッパの旅の方はといえば、
忘れられない数々の思い出がしっかりと熟成され、今に息づいていると思えるのでありました。
