昨年11月にウィーンに行ったときには、
残念ながらウィーン・フィルとシュターツ・オパーが聴けずじまいで、
その代わり(といっては何ですが)ウィーン響
とフォルクス・オパー
を聴いてきたわけですね。
そして、も一つのウィーンのオケ、ウィーン放送交響楽団はといえば、
どこかへ演奏旅行に出ていたようです、そのときは。
そのウィーン放送響が巡り巡って(ま、11月からずっと出払ってたわけではないのでしょうけど)、
今、日本に来てますので、「聴いてみよっかな」と思ったのでありました。
指揮者としてベルトラン・ド・ビリーが振るようになってから何かと話題にのぼるようになってますし、
埼玉県は所沢(東京のはじからはわりと近い)の会場だと都心よりいくらかチケットが安いものでして…。
今回の公演ではベートーヴェン の5番、6番というAプロと
(何故だか)スペイン、フランスものでまとめたBプロとがあって、
どうもお国もののせいかAプロ人気のようでありますが、所沢ではBプロ。
ま、これはこれで結構なお楽しみメニューだと思いますけどね。
最初のつかみは、ファリャのバレエ音楽「三角帽子」から第2組曲。
何かしら全体に大きなところから曲を集めてきて組曲化されることはままありますけれど、
その組曲だけでもって完結感があるものとないものがありますね。
この「三角帽子」第2組曲は、これだけで第1曲の隣人たちの踊りを聴くと、
なんとも藪から棒の唐突さ…「ありゃ、いっきなり始まった」感があるんですね。
ですんで、コンサート冒頭に持ってこられると、聴き手の姿勢が調わないような…。
一方で、その後の粉屋の踊りから終幕の踊りでは、俄然盛り上がっていって、
終わったときには「ああ、聴いた聴いた。お腹いっぱい」てな気がして、
すでにコンサートは終わったかのよう。置き場に困る音楽だなぁと思いましたねえ。
お次、ロドリーゴのアランフェス協奏曲は、何と!ハープ版による演奏。
いつもは隅の方ににょきっといささかの存在感を示しているハープが、
指揮者となりにデンと据え置かれました。
しかし、ハープというのも、凝った楽器ですねえ、装飾が。
ソリストのグザヴィエ・ド・メストレは、ウィーン・フィルのソロ・ハープ奏者だそうで、
きっと使ってる楽器が、「ハープ界のストラデヴァリ」みたいなものなのかもですが。
♪ざんばらざん、じゃじゃじゃ、ざんばらざん、じゃじゃじゃ!
と始まる第1楽章では、「うむぅ、典雅過ぎるなぁ、優美すぎるなあ」と、
多少ばんから気風の入ったギターとは、さすがにずいぶんと趣きが違う印象なわけです。
が、第2楽章、ソロの分散和音にコール・アングレの憂愁をたたえたメロディがかぶさってくると、
ギターよりも控え目さがある分、ぐぐっと食い込んできましたね。
いまさらと思える、お馴染みのメロディ化してしまっている旋律ですけれど、
まさに「琴線に触れる」とは、このことか!てなもんで。
アンコールの2曲も、ファリャの「はかない人生」とタレガの「アルハンブラの思い出」と
プログラムとの一貫性まで考えていたのか、前半の良い締めとなりましたね。
さて、後半はフランス、ドビュッシー の2曲。
パリ生まれのド・ビリーにとっては、お国ものということになりましょうか。
「牧神 の午後への前奏曲」でおぼろなたゆたいを見せた後、「海」に突入です。
演奏会で聴きたいと思っていながらなかなか縁のなかった「海」ですけれど、
やっぱり生演奏はいいですね。
第1部おしまいの、大きな盛り上がりの後に残った和音がふうっと減衰していくあたり、
速からず遅からず、絶妙な消え方でしたし。
と、ここまででも満足すべきものではありましたけれど、
むしろこのオケの真骨頂はアンコールにあったのではと思ってしまいました。
もともとウィーンでは3番手くらいのオケなわけですけれど、
これがド・ビリーの薫陶よろしく、頑張って話題にもなる活躍となりますと、
楽員たちも気分がいいし、はり切りたくもなるところでしょう。
その勢いが感じられるものの、も少しアンサンブルを磨いてくれたらなぁ…とも思ってしまったわけです。
ところが、アンコールでの2曲、カルメン前奏曲とポルカ「雷鳴と稲妻」 は
はり切りで乗り切れるところもある曲だけに、
また放送オケという特質からいわゆる名曲小品の類はおハコなのか、
清々しくも見事な演奏でありました、聴いてる方が弾んでくる感じで。
ですから、も少しド・ビリーと一緒に極めていく道を探ってもよかったんではないかと思うものの、
この秋には首席指揮者が交代するんだそうです。
というわけで、大きく飛躍することとなったド・ビリーとのコンビでは締めくくりのコンサート。
いまだ発展途上ながら、楽しい音楽を聴かせてもらえたなと思ったのでありました。
