オーストリア帝国の最後の要となっていたフランツ・ヨーゼフ1世が、
68年という長きにわたって皇帝に在位
したことは先に触れましたけれど、
これで思い出したのが、昭和天皇なのですね。
1926年から63年あまり、その間には「天皇とは何か」という考え方が大転換したわけですけれど、
大変長い在位期間でありました。何でも神代の昔を別にすれば、最長だとか。
とりあえずここでは皇室に対する考え方はニュートラルと思っていただいて、
「昭和天皇記念館」を見てきて思うところを書いてみようかと思うわけです。
自宅から自転車で無理なく行けるところ(東京・立川市の昭和記念公園内)なのに
今まで入館したことがなかったので、前述のような連想を契機に出かけたわけなのですね。
入ったところで、入館者がしばらく溜まると「ビデオをご覧ください!」と案内があります。
これが「ください」とはいうものの、
「おまえら、ここへ来て、陛下のビデオを見ないわけねぇよな」的な圧力があるんですねえ。
感じ悪いなぁ…
とはいえ、ビデオを見ますとですね、昭和天皇の誕生から若き日の姿というのは、
文字通り「プリンス」だったんだなぁということが見てとれますね。
それが許されたというより、そういう時代だったわけですね。
太平洋戦争の遥か前、1901年生まれですから。
そして、これも時代でしょうけれど、学習院の初等科に入学されると、
院長はあの乃木希典であり、13歳で東宮御所の学問所での学習に切り替わると、
学問所の総裁はあの東郷平八郎であったという。
いずれにせよ、「将」たる器が求めらていた、期待されていたということなんでしょうか。
ビデオのインタビューに答えて、一番の思い出は「若き日の欧州訪問」を挙げていましたが、
これが「あちこち旅行して楽しかった」というより、「それまでは籠の鳥であった」として
それからの解放感がよほど心に残っていたのでありましょうね。
このあたりは、本当にいずこの王族も同じようなもののようです。
とまれ、ビデオを眺め、その他のあれこれの展示を見ていくにつれ、
思い廻らすのはやはり「昭和という時代」なのですね。
ついついしみじみしてしまいました。
この間、TV放送していた「クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶモーレツ!オトナ帝国の逆襲」にあったような
昭和の香りが漂う…といったところでしょうか。(ちなみに、この作品!名作です!)
これが「帝国のパパ」とも親しまれたフランツ・ヨーゼフのオーストリアであれば、
振り返ってしみじみしてしまう度合いは、当時のオーストリア人なら尚のことではないかと。
崩壊寸前の帝国であっても「フランツ・ヨーゼフ帝がいる間は、大丈夫」てな思いもあったでしょうし。
時代が違うということもありましょうけれど、そんなフランツ・ヨーゼフに比べると、
昭和天皇の後半生はひたすら謝罪の意の表明に終始したわけですね。
最晩年、体調不良から沖縄国体への出席がままならなくなったときには、
このような詠んで、代理で出かける皇太子(現天皇)に託したようです。
思はざる病となりぬ沖縄をたづねて果たさむつとめありしを
先のビデオのインタビューで「テレビはどんな番組をご覧になりますか」と聞かれて
「テレビはいろいろ見るが、このごろは放送会社も競争が激しいようだがら、そういうことは言えません」
と答えた昭和天皇。マスコミも思わず失笑してました。
しかしながら、昭和もだんだんと思い出される過去になりつつあるのでしょうなあ。
先の「クレヨンしんちゃん」のみならず、「三丁目の夕日」しかり、「二十世紀少年」しかり、
当時の香りを醸し出す映画などもずいぶんありますし。
とはいえ、まだまだ昭和という時代は遥か古えになってしまったわけではないので、
そのことは銘じておかねばならないでしょうねえ。
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