さしあたり記事のすぐ左側(←)に「紅葉ウォッチャー」なるものを表示しておりますけれど、
だんだんと秋が深くなりつつあるなぁと思ったりするわけです。
ここに明治神宮の紅葉の様子も表示されてまして、ようやく30%というところまで進んだようですが、
いろんな場所が入れ替わりに出るので、場合によってはちいとも当たらない方もおいででしょう。
とまあ、そんな折に明治神宮に行ってきましたけれど、
見る限りはちいとも紅葉してる気配はなかったですねえ。
紅葉よりも外国からの観光客の方のほうが目についたというか…。
もっとも、紅葉狩りに行ったわけではなくって、
宝物展示室でやっている特別展「菱田春草」を見てきたのでありました。
日本画はきわめて疎い(洋画もあんまり言えたものではありませんが)のですけれど、
今回はチラシを見たときに「これは!」と思ったものですから。
画家・菱田春草(1874-1911)は、岡倉天心の弟子で横山大観 の盟友ということなのですね。
岡倉は、36歳で春草への弔辞で、これほどの褒め言葉を残しています。
今の画家の中で真に新生命を開かんとする人々は沢山無い。菱田君の如きは各時代に僅少なる、即ち美術界に最も必要なる人物の要素を備えて居た人である。
そこまで褒めちゃったら、大観らが嫉妬してしまうのでは…
なんつう下世話な想像にも及んでしまいますが、
生前、大観とは考え方が同じだったようで、両名が連名で記した「絵画について」には
このような絵画感が展開されているのですよ。
色は刺激にして、専ら直覚に訴ふるものに候へば、彩画は忘我の快感を与ふるの最捷径と存候。実に文学に非ず又彫刻建築にも非ずして、別に自ら絵画の絵画たるべき本領は専ら此色調の上に存するものと存候
そうそう、この色調なのですね。
これが「伝統的な筆墨を排した没線主彩の絵画表現」=「朦朧体」で描出されると
えも言われぬ趣きがあるのでして、「これは!」と思った源もこの辺にあり、なのです。
これは「月四題」という四季折々を描いた4枚の中のひとつで、秋に相当するもの。
稔りの秋が葡萄に現れていると同時に、葉にはいささかの疲れが冬支度を感じさせますよね。
この葉に見る、色つきの濃淡は直に味わいたいものなのですよ。
また、この「夕の森」の茫洋としたさまは、見た目のみならず「深さ」を思わずにはいられませんね。
朦朧体の面目躍如です。
もっとも、朦朧体の朦朧体たる特質は、
人物や動物が描かれたときにこそはっきりするところかもしれまけれど。
こう言ってしまっては何ですが、たまには日本画もよいよなぁと思う明治神宮の秋でありました。


