何かしらを知る際に、漫画で読んでしまうというのがかなり簡便な方法かな・・・
と、この間「
エリザベート 」を読んで思ってしまったりしましたけれど、
いやいやそれはひとつの方便ということで・・・
と、ひとり葛藤を抱えている今日この頃ではあります。
(そんな大袈裟な話でもないですが・・・)


そんな折も折、ふと立ち寄った古本屋で見つけてしまうのですよ、その手の簡便なやつを。
漫画の文庫1冊105円でしたので、上下巻揃い310円!
これで「ニーベルングの指環」を知った気になろうというのですから、虫のいい話です。


ちょうど今年の春頃に、新国立劇場では「ニーベルングの指環」のツィクルスをやっていまして、
せっかく「指輪」の全容に触れられる機会だぁねと思いつつも、
まっこと残念ながら「
ラインの黄金 」しか見に行けずじまい。


だからと行って、バイロイトまで出かけるわけにもおいそれとはいかず、
恥ずかしながら未だに通しのストーリーすら知らない状態では、飛びついても已む無しでしょうか。
なにしろ、本物を舞台で見ようと思えば、大層な長丁場ですから。(と、自己弁護です)


ところで、こうしたオペラの漫画化されたものというのは結構あるようで、
「指環」にしても何人かの漫画家が取り組んでいますね。

ここでたまたま手に入れたのは、あずみ椋さんのもの。

池田理代子、里中満智子、そして松本零士という面々から比べるとちとマイナーかも。

でも、見比べてみると、いちばんしっくりくる絵ではありました。(これは、個人差があるでしょうけど)

ちなみに松本零士作品では、メーテル(「銀河鉄道999」ですね)みたいな人が出てました…。


あずみ椋「ニーベルングの指輪」


とまあ、知らない漫画家さんではありましたが、元々北欧神話なんかがお好きで、
関連するストーリーでもって漫画作品を発表されているということでしたので、
それなら「ニーベルングの指環」にはかなり思い入れがあって

取り組んではなかろうかと踏んだのでありました。


例えば出版社の企画に有名漫画家が「先生、よろしく」と描いたとよりは、
やっぱり原作を自分のものとしてアレンジしようという姿勢なのか、
シェイクスピア の「夏の夜の夢」の妖精パックよろしく、
冒頭と最後(そして折に触れ、ところどころ)に登場して、観客に語りかける役柄を配しています。


幕開けのセリフは、こんな具合。

さて、観客-読者の皆さま、これよりごらんにいれまする物語は十九世紀の大作曲家リヒァルト・ワーグナーによる楽劇「ニーベルングの指環」。オペラ史上類をみないこの大作は、ぶっ通しで演じれば十五時間以上はかかるというしろもので、初演は1876年、南ドイツのバイロイトでのこと。そうとうな自信家だったワーグナー氏は、そのための劇場をわざわざ建築し、上演を「祝祭」と呼んだのでした・・・

とまあ、何とも親切にワーグナーと指環の説明をしてくれたりするのですね。
この役どころを担うのが「火の神ローゲ」なのですけれど、

狂言回しのお調子者然としてはいるものの、結構うまく使われているのではないかと想えました。


ともかくもそんな仕立てで通しで読んだわけですけれど、

こう言っては身も蓋も無いことを承知の上で言うと、「なんだかなぁ」というお話ではありますね。


これまた親切なことに人物関係図が掲載されておりまして、
これを見ただけでも、違和感を覚える世界なわけです。


なにがってその、神々の長たるヴォータンがあっちにもこっちにも子供がいるというのは、
ギリシア神話のゼウスとご同様と言えないこともありませんけれど、
近親婚やら重婚やらの係累があちこちに出てきた日には、「うむむむぅ」と思ってしまうではありませんか。


そこんところはまあ触れずに置くとしても、このヴォータンを始めとする神々の、神々らしくないこと!
神と聞いただけで、全能の神みたいな存在を思い浮かべるところがあるわけですが、
弱点をたくさん持ってて、それを他の人(神?)にも知られていたり・・・。


またしても、「夏の夜の夢」ですけれど、

女王タイターニアがあっさり魔法にかけられてロバ頭のニック・ボトムズに恋い焦がれてしまう
といって体たらくにも思えてしまうのですよ。


てなことを、今まさにワーグナー作曲の「ニュルンベルグの指環」からの管弦楽曲集を聴きながら、

これを書いているのですけれど、
ワルハラ城へ入城する神々の姿に付けられた音楽を耳にすれば、

「おお、どんな崇高な神々か!」とイメージを膨らませてしまいますね。


壮大な物語ではありますけれど、

(ワーグナー自身も、最初からこんな膨大な作品を作るつもりじゃなかったようですが)
その壮大無辺なイメージを完結させるには、

当然のことながらワーグナー の音楽抜きではありえないのだな・・・と、
いまさらながらに思うのでありました。