今でも同様なのかは定かではありませんけれど、かつて文庫本の目録に必ず載っていながら、

「きっと読まないだろうなあ」「いったい誰が読むんだろう」

といつも思っていた作家が二人いました。


誠に失礼な話ながら、その二人とは源氏鶏太さんと獅子文六さん。(思わず「さん」付け…)

読んだことがないので、お二人の作風がどうのとは言えませんけれど、

お二人とも昭和初期のサラリーマン小説やユーモア小説の類いを書かれていたのではないかと。


タイトルからして、「三等重役」「坊ちゃん社員」(以上、源氏鶏太)、「てんやわんや」「大番」(以上、獅子文六)

とまあ、こういう昭和の香りが濃厚なだけに「今さら誰が…」の感を持っていたのでした。


しかしまあ、ひょんなことから「箱根に行こうかな…」と思ったときに、

箱根がらみの本をあれこれ検索していて、ふいに出くわしたのが、獅子文六の「箱根山」だったのですね。


いまさら誰が、いったい誰が…と言っておきながらなんですけれど、面白かったのですよ。

純文学に対する大衆文学というのは間違いなくあって、

やれ文体がどうのというようなこととは全く異なる世界であるものの、

「面白い読み物」というのも、純文学にも言える普遍性があるのだなと認識を改めたのでありました。


箱根に行かれたことのある方はご存じだと思いますが、

例えば芦ノ湖の遊覧船は2社競合状態にありますね。

片や箱根登山鉄道系の船、片や伊豆箱根鉄道系の船ですけれど、

箱根登山鉄道は小田原から小田急電鉄が乗り入れているように、小田急が親分であり、

つうことはさらに元をたどると、東急になるわけです。


伊豆箱根鉄道は、名前だけでは分かりにくいかもしれませんが、

箱根を走りまわるバスにもレオ・マークがついているように西武が親分なわけです。


東急と西武、ようするに五島慶太と堤康次郎です。

この二人が箱根を舞台に大ゲンカをしたというのが、お話の糸口。

その間隙を突くように、藤田観光がいきなりどでかいホテル(小涌園)を建てて、

箱根を取り巻く三大資本が、古く江戸期から続く老舗旅館を巻き込んで(食い物にして)

ケンカはエスカレートしていくという…。


もとより、箱根はケンカの名産地のようなところだというのですね。

元箱根と箱根町の関所を巡るいさかい、元箱根と仙石の境界線争い、強羅と宮城野の敵対心などなど。

そんな土壌では、鄙びた二軒宿の温泉場でも、その二軒が元は一族というのに

勝った負けたの仲間割れを繰り広げているというわけです。


だんだん話の中心は、この二軒宿の確執にフォーカスされますが、

びっくりするような大じかけも、奇を衒ったところもまるでないながら、

ついつい先を読んでしまいたくなるというのは、大したものなのですね。


作中では、東急や西武に藤田観光、それに二軒の老舗旅館も実名では登場しないものの、

箱根の旅行ガイドでも手元に置きながら読めば、「ああ、ここね」と全部分かってしまいます。


というわけで、もし箱根に行こうかなということがありましたら、

出かける前に読んでおかれると、箱根旅行がまたひと味違ったものになるのでは!

と思うのでありました。