ギャラリー・フェイク 」の文庫版第4巻を読んでいましたら、こんな台詞に出くわしました。

・・・それに大東京製鉄に借りるなら、シャガールなどよりスーラのいい作品をおすすめします。

これは、いろいろな企業が所蔵している美術品を集めて展覧会をやろうという、

まるで「秘蔵の名品アート・コレクション」展 のような企画を検討している最中の言葉です。

もちろん所蔵されている作品がどんなものかを思い浮かべつつの発言でしょうから

一概には言えないところなのですけれど、なんだかシャガール の評価って高くないのかなと。


そんなことを思っておりましたら、別の本でこんな文章が目に飛び込んできました。

ちょっと長いんですけれど、引用してみますね。


余談ですが、日本ではシャガール版画の人気が高い。「愛と幻想の作家」などとうたわれ、イメージもファンタジックで、色調も美しい。確かに現在での商品価値の高さもうなづけます。しかし、50年後はどうか。

シャガールは、筆者が独断的にいうと、1930年まで、相当いい仕事をしているものの、その後は、初期・壮年期のスタイルを水増しした作品を濫作している。20世紀の美術史のうえでは、よくて小結格か、まァ、前頭上位クラスの作家だと思います。

横綱的存在のピカソ、マティスのすぐれた版画とくらべると、やはり格が落ちます。それより、作品の芸術的価値にくらべ、まだまだ商品価値がおくれているピカソやブラックのキュビスム時代の作品群、そして、ジャコメッティやマックス・エルンスト、その他の多くのすぐれた芸術的価値を持っている作品群は、50年後の世界の美術市場での評価がグンと伸びているはずです。

一方、50年後になっても、依然日本で、シャガールやビュフェの人気が高い、カシニョールも売れているとなると、日本人の美意識のレベルはいっこうに向上していないというわけで、筆者など墓の下で暗然とするでしょう。

どこぞかのギャラリーの方が、「なんとなく絵でも買ってみたいな」と思っているような初心者相手に

手ほどき伝授を目的とした文章の一節です。


やっぱりここでもシャガール、それにビュフェ などは評価が低いようですね。

この横綱格とか、小結、前頭っていうのはどう理解したらいいかなと思ってしまったりもするわけです。


ピカソやマティスなどは、

美術史の中での革新的な存在として多大な影響を及ぼしたことは間違いありませんけれど、

そこまでの「革新性」や「影響力」が無いからと言って、

シャガールやビュフェが「格落ち」と言われてしまうのは、

それらの絵を見ることを楽しみにしている者にとっては、さびしい気もするのですね。

まして「美意識のレベル」云々とまで言われてしまいますとねえ…


でも、視点を変えてコレクターの立場になると、

やっぱり価値が上がるってことが気になるところなんでしょうかね。

そうだとすると、どうしても投機目的のような気がしてしまって、

美術を楽しむということと少々離れてしまうようにも思えてしまいます。


とにもかくにも、めぐりあった作品が「この絵が素敵だなぁ」って思えるものであれば、

それがその時の最高評価だって思える庶民です、それが何か。