企業というのは、結構な美術コレクションを持っているものですよね。
ホテル・オークラで毎夏行われる「秘蔵の名品アートコレクション」展 を見ても、つくづくそんなふうに思います。
それが普段はどんなふうに保管やら展示やらされているのかは、
企業によってまちまちなんでしょうけれど、基本的に一般人が見られる機会は少ないでしょう。
なかなか見る機会がない…となると、見ておきたくなるものですね。
こういうのは、外国の美術館に行けば見られるというのより、もっと遠い存在でしょうから。
というわけで、デパートの高島屋が所蔵する名品を拝見してまいりました。
もっとも、高島屋の場合は、大阪の東別館3階で常設展示しているようですから、
まあ大阪に行けば見られるのでしょうけれど…。
会場は、アークヒルズ裏手の泉屋博古館分館。
前にも行ったことがあるところながら、名称の「泉屋」を「せんおく」と読むとは知らなかった…。
てっきり「いずみや」だとばかり思っておりました。
ところで、展示ですけれど、エントランス・ロビーとその左右に洋画・日本画それぞれの展示室という配置。
ロビーに高島屋のキャラクター「ローズちゃん」(というのだそうで…)の人形が、
時代を感じさせたりもするあれこれの衣装で並んでいたり、洋画の展示の中にも、
岡田三郎助が描いた「東京日本橋店」(1933年)という作品(ポスター原画では?)があったりするのが、
いかにも高島屋だなと。
洋画の展示室では、その岡田三郎助の「支那絹の前」(1920年)が目玉作品のようです。
(上のフライヤーの左側の絵です)
和装の女性を描いて、非常に丹念に仕上げられた作品ですけれど、
日本情緒然としたもの(風景にしても人物にしても)を油絵で描いたものが、どうも苦手だものですから、
比較的無理なく見事に描いているというものの、どうしてもゴテゴテした感じが気になってしまうところです。
そう言っておきながら手のひらを返すようではありますけれど、
梅原龍三郎の手になる「桜島」(1935年)には、見入るものがありますね。
日本を風景を油絵で描いたものではないか!あっというまに前言を撤回するのか?!
てなふうではありますが、これは「桜島」というタイトルで「桜島」を元に描きながら、
桜島の写実風景を超えてしまっているところがあるのですよ。
なにより先に「桜島」と刷り込まれるから、そう思ってしまうものの、
よぉく見ていると日本の風景というにはあまりに不思議な世界に見えてくるわけです。
こういう作品は、頭の中であれこれイメージが飛びまわっちゃってくれますね。
外国作家の作品は1枚だけですが、オディロン・ルドン の「曙光のある出現(曙の乙女)」(1895年)は、
いかにも曙光が放つハレーションに「出現」というイメージが重なって、
パステルでこんなふうにできるんだなぁ…と感心しきりでありました。
「黒のルドン」とはまた別の世界ですね。
一方、日本画の展示室は大きな作品が多い中にあって、
奥田元宋の「霧晴るる湖」(1987年)は、それまで風景を白一色に塗り込めていた深い霧が
静かに薄らいでいくさまを描いて、非常に情感豊かな世界を見せているのですね。
こういう静けさ(単に何も聞こえない静かさというより、静けさそのものの音が聞こえてくる感じですね)は
自然の中に身を置いても、なかなか得られる場所がないですから、
むしろ「人工物」からそうしたイメージが得られることに感嘆するわけなのです。
本展は、前後期の展示入れ替えがあったため、
竹内栖鳳の「ベニスの月」や東山魁夷の「深山湧雲」が見られなかったのは残念ではありますけれど、
ゆったりと見て味わう楽しみを得られる機会ではありました。
竹内作品、東山作品は、大阪の高島屋史料室に行けば、見られますかねえ…。
