アルザス、ロレーヌ ということになると、どうしても思い出してしまうのが、

アルフォンス・ドーデの「最後の授業」ではないかと。(年代にもよるのでしょうね、きっと)

確か「教科書で読んだ(読まされた?)んじゃないかなぁ…」と思うのですけれど、

この際ですから、読みなおしということで。


もともと「月曜物語」という短編集の中の一編ですから、

「月曜物語」そのものを読もうかとも思いましたが、ここは、教科書懐かし!の思いで、

「子どもとおとなのための」ということになっている偕成社文庫(大きい字、ルビつき)で読んでみました。

まあ、近くの図書館にあったからですけれど。


Chain reaction of curiosity


「月曜物語」の中から、「最後の授業」を含めて14編が収録されています。

その最初が、「最後の授業」。


普仏戦争の結果として、プロイセン(ドイツ)に割譲されてしまうアルザス地方の小学校。

フランス語で授業を行えるのは、その日が最後ということで、生徒ばかりか村人まで教室に集まってきます。

最後の授業にあたって、先生が伝えたことの中にこんなことがあります。


ある民族がどれいとなっても、その国語をもっているうちは、その牢獄のかぎをにぎっているようなものだから、わたしたちのあいだでフランス語をよく守りとおして、けっしてわすれないようにしなければならない。

そして、黒板に大きく「フランス、万歳!」と書いて、授業を終えるわけです。

ううむ、感動的!…と、ちょっと待てよと。

あまりに愛国的な、も少し言うと国威発揚的なきな臭さを感じないではありません。


ドーデ自身は、「風車小屋だより」や「アルルの女」といった著作があるように、

南仏の出身で、アルザスとははっきり言うと関係がないのですよね。

つまりは、普仏戦争の敗北を屈辱として、

これを「忘れちゃいけん!」というフランスの代弁者的なお話なわけです。


「最後の授業」だけならばいざ知らず、その他の短編もおよそ戦争がらみで

まさに「フランス、万歳!」色が色濃く感じられるお話が多いのですね。

それだけに、ともすると「うっかり、感動してしまう」無垢な少年少女に、

時代も地域も超えて与える物語かというと、「?」とせざるを得ないような気がしてきます。


むしろ、時代背景も地域的な特殊性もある程度理解をし、歴史的なところも踏まえて、

こういう小説が書かれたことがあったと大人が受け止めるべきものかなと、

今となっては思えてくるわけです。


冒頭に教科書で読んだ記憶があることを記しましたけれど、

そんなような考え方の反映なのか、いつしか日本の教科書からは消えてしまっているようですね。

考え出すとなかなか深いものがあるような気がしてくるのでありました。