空想旅行でポーランド を巡っているときに、ふと思いだしたのがコルベ神父なのですね。
以前、長崎に旅したおりに多少の事績には触れたのですけれど、
改めて生涯をたどってみるかと思ったわけです。
手にとったのは、ちょっとお手軽に過ぎるかもしれないですが、
作家の曽野綾子さんが著した子供向けの絵本「コルベ神父物語」です。
ポーランドの、貧しいながらも敬虔なカトリックの父母のもとに生まれたライモンド(コルベ神父の幼名)。
どうやらやんちゃな子どもだったようですけれど、
10歳(1904年)の時に教会に行った際、聖母マリアに赤と白、ふたつの冠を示されたといいます。
白は純潔を、赤は殉教を表すとして、「どちらをとるか」の選択を迫られたライモンドは
「両方」と答えたとか。
いかにも子どもらしいところではありますけれど、目の前に聖母マリアが現れて…というあたりは
いったいどう考えたらいいのやら。
ルルドの泉に関わるベルナデッタのほかにも、マリア様が現れて…という話はあれこれあるようですけれど、
にわかには肯きがたいところではありますね。
(もちろん、これをもって「キリスト教」を全否定するものではありませんけれど)
神学校を得て、修道会に入ったライモンドは、マキシミリアノという修道名をもらいます。
といってしまうと、ここまで宗教の道以外見向きもせず…といったふうになってしまいますが、
数学、科学が得意で月に行く機械を作ることを夢みたり、
国(当時はポーランド分割下)のために尽くすにいは軍人になるべきなのでは…
とも考えていたようです。
その後は、やはり科学に興味があっただけあって、布教活動も新しい発想でどんどん進めるのですが、
どこにも保守的な人はいるもので、そんなコルベ神父の活動は必ずしもスムーズではありません。
それでも、布教の援けに発行する冊子「聖母の騎士」の発行部数は少しずつ伸びていった折、
たまたま日本人学生と出会ったことから、日本での布教を考えたといいます。
ということで、長崎と大いに関係してくるわけですね。
ときに、1930年から1936年のことです。
一度ポーランドに戻ることになりますが、欧州の政局はナチスに振り回されている時代。
どうやら、もう日本には戻れないのでは…と予感していたそうです。
実際、アウシュウヴィッツに送られ、ランダムに処刑される者が選ばれる中、
家族を持つ男性の身代わりとなって、死に至ったのだと。
幼いときに、聖母マリアの出現を得て心に刻んだ、白と赤の冠。
これが表す「純潔」と「殉教」とは、こういうものだったのでしょうか。
ちょっと遠藤周作の「沈黙」 なども頭をかすめつつ、それを考えてしまいますね…。