そうそう、アングル 探究で画集を見ていて、面白い一枚を発見を発見したのですね。
アングル作「ルイジ・ケルビーニとムーサイ」(1842年)です。
作曲家ケルビーニにムーサイ(ミューズですな)が霊感を与えているところということですけれど、
何やらぼんやりしているケルビーニの姿は何やら精彩を欠いているように見えます。
また、保存の具合なのか、絵具のせいなのか、
手を差し伸べるミューズの方はやけに画面のひび割れが激しいのですね。
(その後、補修されたのか、画集で見たものほどひどくはないようですが、ケルビーニに比べると不自然…)
14歳で故郷トゥールーズ市のオーケストラの第2ヴァリオリン奏者となるほどに、
アングルは音楽の才能にも恵まれていたと言いますから、
ケルビーニの楽才の限界が見えてしまっていたのかも…
なんてふうに考えておりましたら、制作年の1842年は何とケルビーニの没年でありました。
1822年にパリ音楽院院長に就任し、いわば大御所的存在になっていたものの、
作品としては(当時はなにしろオペラですね、パリでは)、
ロッシーニあたりにすっかり人気を奪われていた模様。
作曲家というよりも、教育者として後進の指導にあたることで力を注いでいたのかもしれません。
それでも、やっぱり作曲家たるもの、ミューズの力を借りてでも「もうひと花!」とは思ったでしょうねえ。
そんな作曲家の晩年を、ここまで描いちゃっていいの?というアングルの筆なわけです。
しかも、そのミューズは先んじてひび割れるようにアングルが仕込んでいたとしたら…
81歳の長寿を全うしたものの、むしろ対位法とフーガの教則本が最大の遺産なのかも。
せめて、何かしら曲を聴いてやらないと。
カラヤンが録音で残した歌劇「アナクレオン」序曲を聴いて、ケルビーニを偲ぶといたしましょう。
