パリの聴衆好みの音楽が書けなかった(?)ベルリオーズを擁護した音楽家に、
パガニーニ とフランツ・リストがいたと言いましたけれど、
ベルリオーズは、そのリストの「超絶技巧練習曲」について、こんなことを言っています。
残念ながらこの種の音楽は、めったに聴くことができない。というのは、リストが彼自身のためにこの曲を書いたからであり、他の人にとっては、それにちょっと手を付けることさえ思いも寄らぬことだろう。
それだけリスト自身がヴィルトゥオーゾ・ピアニストだったことの証でもありましょう。
ということで、これまでまともに聴いたことのない「超絶技巧練習曲」12曲を聴くことにしたわけです。
ここでピアノを弾いているクラウディオ・アラウが語ったところを引用してみましょう。
今日の時代にリスト流といった演奏があるとは思いません。しかし、演奏におけるリスト的な方法はあると確信しています。その第一の構成要素は、強い筋肉の耐久力と巨大なスパンを自分のものとする能力、そして肩から腕のすべてを使うことによって得られるトータルな自由(まさに指ではなく、身体全体から生まれるソノリティ)といったものです。
以前、「音楽は体育会系ではないか 」と書いたことがありますけれど、
極端な例ではあるものの、「やっぱりね!」と思うひと言ではなかろうかと。
演奏というか、曲の方もまさしくそんな感じでして、
何度か聴いてみたものの、どうもピンとこないのがなんとも残念ではありました。
でも、いかに超絶技巧のリストとはいえ、
メロディアスというかロマンティックというか、そんな曲もあるわけですね。
例えばこんな…
