クールベ を話題にした折りに「レアリスム」の何たるか(えらそうですが…)に触れて、
1960年代に現れたアメリカの「スーパーリアリズム」とは違うものだけんね!といったことを書きました。
スーパーリアリズム…今から相当に前のことですけれど、
「スーパーリアリズム」展という展覧会がありました。
その頃はまだ、美術に対してほんの少々の興味しかなかったものの(なかったからこそ)、
写真と見紛うばかりの絵が「これ、ほんとに描いたの?!」と驚きを禁じ得なかった印象を
今でも持ち続けているわけです。
そもそもヨーロッパ美術の枝分かれであるアメリカ美術では、
クールベ以前の「写実」に忠実な絵画というのが、伝統となっていたといいます。
そこへ1960年代以降に現れたアメリカの「リアリズム」とは、
- 旧来の伝統的な意味におけるリアリズム
- 描かれた者の精神性をえぐり出すようなディープなリアリズム
- あたかも写真そのものではないかとさえ思えるフォトリアリズム
といった3種類にカテゴライズされるようです。
分けても、ここで話題にしている「スーパーリアリズム」は3の範疇かと思われます。
ほんとうは「百聞は一見に如かず」で、作品を見てハッとしていただくのが何よりなのですけれど、
年代が近いだけに画像の引用が憚られますから、
騙されたと思ってリンク先をご覧いただければと思うところなのですね。
例えば、デイヴィス・コーンの作品 、「ヴァラエティ・フォトプレイズ」(1983年)などはいかがでしょう。
先の展覧会では、雨粒の浮き立つ自動車を見て、「どう見たって写真だぁね」と思ったものです。
ところが、近づいてよぉっくみると、「おお、描いてるではないか!」なのですよ。
制作過程は、こんなふうです。
まず、スライドを投影しながら、おおざっぱに下絵。
拡大鏡で何枚ものスライドを見ながら、不透明のアクリル絵具で輪郭を描く。
細部はブラシを使用し、全体の形、調子、色彩から細部の仕上げへ。
そして、軽くつや出しやウォッシュをかける…
ということです。
も一つ紹介させていただくと、ラルフ・ゴーイングズの作品 はどうでしょう。
これまた展覧会で、「ラルフの店」(1982年)を見て、ぶっとんでしまったのですね。
アメリカによくある「ダイナー」という食堂のようすですけれど、
ステンレスのカウンターのつやつやてかてか具合。
腰かけて背を向ける男性、そして窓の外の風景に至るまで、やっぱりどう見ても写真。
まあ、スライドを投影して描く、つまり元々は写真だとすれば「どう見ても写真」なのは当然で、
作品そのものが力を放つというよりは、写真を再現する技法に驚くわけで、
「それが芸術として、深いのか?」と問われれば、「・・・」とも思われます。
ただ、ロイ・リキテンスタイン がアメ・コミのワン・シーンを描いて「アート」にしてしまったような世界と
似たような感懐を抱かずにはおれなかったりするのでして、
表面的な印象とは別に、ひと言で「深くないじゃん…」とは言い切れないような気もしてくるのですね。
最後にもうひとりだけ、リチャード・エステスの作品 もご覧のほどを。
さて、フォトリアリズムの世界をご堪能いただけたでありましょうか。