実はクールベの絵がさほど好きではないものですから、敢えて探究しようとしたことはないのですけれど、

パリに赴いたホイッスラー がクールベの革新性に共感を寄せたということでもありましたので、

一度くらいはやはり探究しておくかと思ったわけです。


ギュスターヴ・クールベと言えば、ドラクロワ の「ロマンティスム」に対して「レアリスム」の画家と言われます。

が、見たところ、そんなに写実的なのかなといつも思っていたのですね。

せいぜい、国立西洋美術館 に収蔵された「波」(1869年)なんかを見て、

写実的といえば写実的だけれど、(文字どおりの意味にとって)写真かと見紛うほどではないよなと。


八王子の村内美術館 にある「ボート遊び(ポドスカーフに乗る女)」(1865年)では、

「これが(英語で言うところの)リアリズムなのかいね?」と思ってしまっていたわけです。

とどのつまりが、19世紀の「レアリスム」とは、

1960年代後半にアメリカで登場した「スーパーリアリズム」のような技法上の問題でなくして、

描く姿勢の問題なのだと今さらながらに気づいたわけです。

なんでも探究してみるものですね。


では、クールベの「レアリスム」とはどんなものかということですけれど、一枚の絵を見てみます。

まだ30そこそこのクールベが描いた「オルナンの埋葬」(1949年)です。


ギュスターヴ・クールベ「オルナンの埋葬」

1850年のサロンで物議を醸し、後に1855年のパリ万博 に出品しようとして落選したため、

万博会場の近くで自前で個展を開いてしまったといういわくにつながる一枚なのですね。


この絵が何だってそんなにお騒がせの原因になったのでしょう。

むしろクールベ擁護の側にあるボードレールの言葉を引いてみますと、

偉大な色彩家は、黒い燕尾服と白いネクタイと灰色の背景とだけで色彩効果を出すことができる。

ということなのですね。

ところが、当時のアカデミスムに支配された画壇や絵画鑑賞者には

「絵画に対するとんでもない冒涜!」に思えたわけでして、

美しいものを美しく色彩豊かに描く(ある意味で、これもレアリスムですね)ことこそが「美術」であって、

「そこらで見られる様子などは描くもんじゃない!せめて小ぶりな大きさならまだしも」

という見解なわけです。


そんな時代にあって、クールベは田舎の葬儀の様子を

何とまあ、縦3メートル、横7メートル弱の大画面に描きだしました。

しかも、葬儀の様子ですから当たり前ですが、ほとんどの人が黒い服を着て、色彩的にもパッとしない。

当時の批評家は、この絵を「よく見えない絵」と評したといいます。


そこで、クールベの「レアリスム」ですけれど、今度はクールベ自身の有名な言葉を引いてみます。

私は天使なんていうものは描かない。翼の生えた人間を見たことがないからだ。

つまりクールベにとっての「レアリスム」とは、

見えるものは見たままに描くし、見たこともないことは描きようがないということになるのですね。

見たもの、見えるものをそのまま描くわけですから、画壇のタブーなんかは関係ないという。

そんな姿勢が「世界の根源」(1866年)のような身もふたもない作品につながるのでしょうか。

タイトルだけは詩的ですけれど。


ということで、あまり好きではないという個人的趣味からというわけではありませんけれど、

なんだか貶めるかのような物言いになりつつありますので、ほどほどにしときましょう。

ただ、神話や歴史ばかりでなく「見たままを描けばいいんだ!」という革新的(当時としては)な姿勢は

その後に続く画家たちに、絵画の世界を大きく広げるところになったのは間違いないのですね。


と、今回の探究で、「え?これ、クールベの作品だったの?」という一枚に出会いました。

それが、これです。


ギュスターヴ・クールベ「エクトール・ベルリオーズの肖像」

クラシック音楽を聴かれる方には一目瞭然かと思いますが、

「エクトール・ベルリオーズの肖像」(1850年)です。

当時、不成功に終わった「ファウストの劫罰」の初演以来、長らく失意の状況にあったベルリオーズを

憂いを含んだそのままに描きだしたものということですけれど、

ベルリオーズは受け取りを拒否したのだとか。

あまりにありのままの写実、内面を露呈してしまうリアリズム…いいんだか、悪いんだかではあります。