わりあい本は読んでいるかなと思いますけれど、過去記事を含めてご覧いただいた方には
「何と節操のない!」と思われるかもしれない読み方ではないかと。
もちろん面白そうだなと思って手に取る本が多々ある一方で、
ムクムクと興味が湧いてきたことに関する本を探し出して読むということも、ままあるわけです。
そうすると、妙にむつかしい内容であったり、読みにくい文章(翻訳)であったりすることがありまして、
そうするとなかなか読み進めないうちに時間ばかりが容赦なく経過していき、
時ともに興味の方も他に移っていってしまったりするんですね。
この間「実は書くことが苦手だった 」と言いましたけれど、さらに「実は読むのも苦手だった」わけです。
白状すると…
幼い頃には、いわゆる図鑑の類いを一心に眺めているという子供だったようで、
眺めているのはできたわけですが、読むことができない。
小学校では、国語の時間の中だったのでしょうか、
みんなで図書室に行って好きな本を読んでいいというような時間があったように思いますけれど、
飽きっぽいこともあったのか、とても一冊の本を読み切ることなど皆無だったのですね。
この状況はかなり続いて、高学年のころだったか、
親に岩波少年文庫の「トム・ソーヤーの冒険」を買ってもらいはしたものの、
何度手にとっても、「トムや 返事なし。 トムや 返事なし」の冒頭部分から一向に進まないありさまでした。
今思えば、転機はやっぱり少年探偵団シリーズ だったかもしれません。
いったん火がつけば、おかしなもので本が手放せないような人になっていったわけです。
と、またしても昔話になってしまいましたけれど、閑話休題。
で、昔は(と、やっぱり昔話…)といっても、本好きになってからですけれど、
手に取った本を途中で投げ出すというのが、何だか妙に「挫折」する感があって嫌だったのですね。
これほど苦痛の時間を過ごすのであれば、さっさとやめてしまえばいい…と思いながらも、
「くやしいです!」という気がして格闘を続けました。
と言っても、そういう記憶が残っているばかりで、
ことほどかほどに苦労して読んだ本の内容などいささかも覚えているものではありません。
でもって、月日は夢のように過ぎ去った今でも、わずかばかりのこだわりは残っているわけです。
そうはいっても、自分の残り人生と読書ペースだかを計算して、
「あと〇〇冊しか読めないのか…」と嘆いた芥川龍之介(だったかな?)ほどではないしても、
自分に与えられた時間が無限にあるかのように言われながら、
実際にはそんなことにはちいとも頓着していない若者の時代は過ぎてしまいましたから、
投げ出したくなった本にかかずらわっておらず、さっぱり諦めたらいいじゃないかとも
思うようになってきているわけなのです。
たぶんに性格にもよるのかもしれませんけれど、
みなさんはどんなふうに対処しておられることでしょうか…。