ひと月ほど前にコラージュ のことを書きましたけれど、東京の国立近代美術館で早速に

「コラージュ-切断と再構築による創造」という題した所蔵作品展が始まりましたので、観てきました。

(と言っても、リクエストにお応えいただいたわけではありませんが・・・)


「コラージュ-切断と再構築による創造」展

行ってみたらば、大きな企画展は別にあって、

常設展会場のコーナー展示といった感じのこぢんまりとしたもので少々がっかりはしましたが、

その分、もひとつの所蔵作品展「近代日本の美術」もたっぷり見てやろうと思ったわけです。

もっとも、入口で「エレベータで4階へ上がり、3階、2階と展示があります」と言われて、

4階へ行くと、「近代日本の美術」だったというだけですが…


まそんなわけで、以前訪れた際に見たことのあるもの、その時には展示されていなかったであろうものを

取り交ぜて200点ほどを見てきたのですが、何せここには9600点もの所蔵品があるようですから、

いつ行ってもめぐりあえないという作品も多々あろうかと。


そんな200点ほどの作品の中で取り分け惹かれた作品を取り上げてみるとしましょう。

まずは4階の「大正のヒューマニズム」のコーナーから、

中村彝(なかむらつね)の作品「エロシェンコ氏の肖像」(1920年)です。


中村彝「エロシェンコ氏の肖像」

この盲目のロシア人詩人ワシリー・エロシェンコを描いた肖像画は、(この画像からは今一つですが)

盲目であるが故に味わわざるを得なかった厳しさがにじみ出し、

不謹慎ながらもドラマチックさといったものを孕んだものとなっているのですね。

肖像画は、そっくりなだけでなく、描かれた人物の内面までも浮き彫りにするとは言われますが、

この作品などは、まさしくそうした1枚。類稀な…という言葉が浮かんでしまいました。


3階にも見るべきものは多くありますが、

その中でも「1950-60年代の美術」のコーナーから難波田龍起の「コンポジション」(1965年)でしょうか。

ジャクソン・ポロック のような…という抽象絵画ですから「混沌」と言った言葉を思い起こさせるものの、

「混沌」と見えるようなものが生み出されるさまを想像して、

「混沌に見えるものにしようとする」創作というものを思うと、

実はそれはもはや「秩序」ではないかと思えてきたりするわけです。


ちょうど隣に、靉嘔 も所属していたグループ「デモクラート美術協会」の中心メンバーであった瑛九の

「田園」(1959年)が展示されているのですけれど、こちらはものすごい点描画とはいえ、

離れてみれば「なるほど田園か」と思えるだけに具象画なわけです。

ところが、改めて難波田「コンポジション」と見比べてみると、

瑛九「田園」の方が「混沌」としているような気がするという不思議(?)を味わえます。

なんとも「混沌」は深い… ですなあ。


ということでようやく2階に降りてきますと、ようやく「コラージュ」展になるのですね。

こちらになると、わかる、わからない以前に「面白い」となるわけです。

もちろん、作品の中には

「何やらシュールな見かけに込められた意味があるのだろうなあ」

と思えるものがありますね。

その一方で、デザインとして見た目がきれいだなって思える作品も。

例えば、クルト・シュヴィッタースの「E.+E. シュヴィッタースより」(1947年)みたいな。


クルト・シュヴィッタース「E.+E. シュヴィッタースより」

そして、も一つ、ユーモアと風刺が同居するもの。

先のコラージュの記事でも触れた桂ゆき作品ですね。

本展でも、「ゴンベとカラス」というタイトルの作品(1966年)がありました。

同一人物の心に巣食う二面性と言えば、「ジキル博士とハイド氏」のような対比が一般的でしょうけれど、

それをゴンベとカラスで表現しようというのですから、「豊かな発想をするなあ」と思うのですね。


PCなどを通じたデジタル化の世の中にあっては、

もはや切ったり貼ったりは日常化していると言われます。

ある種、だれでもが「あ、いつの間にかコラージュしてた!」みたいなことがあるわけですね。

そのような中で、あえてコラージュでこそという表現上がこれからも出てくるんでしょうね、きっと。


あ、そうそう、本展ではデカルコマニー を使った作品も見られます。

残念ながら、エルンストの作品ではありませんけれど。


こうして一通り見たので「帰ろうかな」と思ったところで、

そそくさとエレベータに乗ってしまっただけの1階では横山大観の作品が特別公開されていたらしい。

これに気づいたものですから、入口で「出ちゃったんですけど、観てないからもっかい入れておくれ」

とお願いしたのでありました。


特別という意味は、その絵の(大きさというより)長さですね。

巻き物状の作品で、全部広げると40mにもなる水墨画の超大作。

山あいのか細い水の流れが、渓流となって流れおち、川幅を広げながら、やがて海にたどりつき、

黒雲に取り巻かれて龍となって天に昇るまで描いた「生々流転」という作品(1923年)。

国の重要文化財にもなっているという大作を最後にじっくり眺めて、

「ああ、東京国立近代美術館を堪能したなあ」と帰ってきたのでありました。


「コラージュ」展も、横山大観の特別公開も3月8日までです。

(って、「新日曜美術館」のアート・シーンみたいですね。)