どこかで目にしたことのある、あのレインボー・カラー。
どうやら東京国立近代美術館では、20点ほどの所蔵作品があるようなのですけれど、
どこで見たのだったかなぁ・・・と思いつつ出かけた靉嘔(あいおう)の喜寿(77歳ですね)記念展でした。
予備知識もないものですから、その名前からしててっきり中国の方だと思っていたら、
実は日本人の作家だったのですねえ。
1958年、渡った当時のニューヨークでは「抽象表現主義」(ジャクソン・ポロック みたいな!)が主流で、
これに倣った作品を手掛け始めるものの、人のまねでは満足できずに、60年頃に訣別。
自分だけの表現を求めて試行錯誤を繰り返したのだそうです。
1962年に前衛芸術家集団「FLUXUS」に入ってから、
論理的な絵をつきつめたところ、たどりついたのが色。
以降、光のスペクトルを塗り分けた作品を描くようになったと言います。
絵画を構成している線・形・色から、唯一この世に存在している色をとりあげ、
人の目に映る全ての色を使って作品を造ろうとしたのだとか。
そんな60年代の作品には、こんな造形もあります。
「レインボー・ディナー・テーブル」という1966-70年の作品ですけれど、
活動のフィールドがニューヨークだっただけあって(?)、
いかにもMOMAに置いてありそうな雰囲気ではありませんか。
その後も、1973年当時、3M社で開発中であったカラーコピー機が
デモンストレーションで一般に開放されたと知るや、
これを作品に使用したりとチャレンジ精神は旺盛だったようですけれど、
1時間80ドル(!)の使用料がかかり、またあまりに褪色が早いために、
シルクスクリーンに移行したんだとか。
そして迎えた80年代には、それまで否定していた「線」に敢えて注目し、
色の境界として現れるものでしかなかった「線」が描かれるようになります。
気負いが解けたといいましょうか、肩の力が抜けたといいましょうか。
「My New York Life Style」というシリーズの「Kitchen store」という作品(1986年)。
ポップ・アート ならぬ、文字通りのポップさ!
さらには、かのエッフェル塔からレインボー・カラーの帯を垂らすという、
「300メートル・レインボー・エッフェルタワー・プロジェクト」への関わりから、
素朴派 の代表たるアンリ・ルソーの作品に行き当たります。
もともと学生時代からプリミティヴ・アートに関心を持ち、
アメリカン・ナイーヴを評価していただけに、自作にモティーフ持ってこいだったのかもしれません。
例えば、これがアンリ・ルソーの「眠れるジプシー女」ですけれど、
ここに靉嘔流の手が加わると、こんな具合。
もっともっと、抽象的な絵もありますけれど、
見ているうちに(遠目で初めて分かる)何やら「モナリザ」のような顔が見える(ような気がする)作品や
色のうねりが山の夕暮れに見えるもの、海辺の風景に見えるものなどなどなど・・・
どうです?そろそろ靉嘔のレインボー・マジックにかかってはいませんか?




