江戸川乱歩「少年探偵団」(ポプラ文庫クラシック)
今はどうなのかは分からないのですけれど、

かつて小・中学校の図書室といえば定番の蔵書であったと思われる、

ポプラ社版の江戸川乱歩「少年探偵団」シリーズ。


どうです!このレトロな表紙!

今でも、amazonで出てくるというのが、うれしいではありませんか。

でも、子どもにとっては相当に怖い表紙もあったのですよね。


まだまだ自分で読むようになる以前ですから、かなり幼いころであったと思うのですけれど、

このシリーズの1冊が親戚の家の本棚にあって、何を思ったか、手に取ってびっくり!

江戸川 乱歩「サーカスの怪人」(ポプラ文庫クラシック)
それが確か、この表紙。

シリーズの中の「サーカスの怪人」です。

もう夢にもうなされるという怖さを味わったのですから、

今でもホラー映画は見ない(見られない!)という怖がりは昔からだったのだなあと。


今になって思えば、この帽子をかぶったどくろ顔で夜も眠れなくなるのですから、かわいいものです。


そんな幼少のみぎりのエピソードもどこへやらで、

このシリーズには結果的に相当にお世話になったわけでして、

そのことが思い出されて、ついつい見に行ったのが、映画「K-20 怪人二十面相・伝」です。


映画「K-20 怪人二十面相・伝」

ただ、これは江戸川乱歩オリジナルの作品ではないようですから、

細かなことは言っても詮無い話ではありますが、

明智小五郎の奥さんは文代さんというのではなかったかと・・・。


とまあ、いつもながらの細かい詮索はともかくとして、ひとつの作品として見てみれば、

「怪人二十面相」という有名どころをうまく使ったパスティーシュにはなっていたのではないかと思われます。

これまでにアメリカ映画が、いわゆるアメ・コミのヒーローを使って、

大作を続々と送り出していることがきっかけにもなったのかもしれません。

そのせいか、「バット・マン」やら「スパイダーマン」が入ってるなあという印象。


今回はストーリーにどこまで触れるとネタばれから免れるかが微妙なところなので

(と言っても、数々の紹介サイトを見れば分かってしまいますが)

敢えて触れずにおきますけれど、全体的に巧く作られていたように思いました。


が!と、必ず細かいことを言い出すのが悪い癖(?)かもしれませんけれど、

敢えて苦言を申し上げますと、余計な描写がありますね。


これは本作のみならず昨今の映画に結構言えることですが、例えば暴力描写ですね。

怪人二十面相に間違われて逮捕されてしまったサーカス芸人の平吉(金城武)。

取調べ室で行われる刑事からの暴行、そして留置場でのいやがらせ。

これらは、描き出す(見せる)必要のないものですよね。


映画は、視覚に頼るばかりでなく、

聴覚で想像させることができるメディアであればこその描き方ができるはずです。


取調室に入ってくる刑事が、手に長い棒を持っていたとします。
閉じた扉ごしに、何かを叩く音がする。何かが呻く声が聞える。

これだけで、「刑事がさっきの棒で、容疑者をぶっ叩いているんだな、ひでえ話だな」と想像してしまえるわけですから、何も実際にぶっ叩いて血を流すところを映像で見せる必然性が感じられません。


このことをもって、この映画だけを腐すのは適切なことではありませんけれど、

見たままそのままでしか描けない映画では、映画としての特質を活かしていない安直な作り方じゃなかろうかと思えてしまうところもあって、ついつい言ってしまいました。


最後に、改めて持ち上げておきますと、松たか子演じるところの財閥のお嬢様。

その世間知らずのとんちんかんぶりと、思いもかけぬおてんば娘ぶり。

笑えます!